「父上!ルディ!」
   急いで邸に戻ると、警官達があちらこちらに立っていた。裏庭に父とルディの姿が見えて、すぐにその場に駆け寄った。
「ハインリヒ。怪我は無いか」
   ルディが俺の状況を説明してくれたのだろう。父は俺を見て尋ねた。
「大丈夫。この邸を出てすぐ5人に後をつけられたけど、全員の身柄を確保したから……」
「同じ仲間なのだろうな。警報機が作動した直後に塀を破壊され、11人が一斉に侵入してきた。大した武器を持っていなかったのが幸いだったが……」
   ルディが事件の概要を教えてくれた。父は困ったものだと呟いてから、壊された塀を凝と見つめていた。

   父の手には剣が握られていた。ルディも剣を持っていたから、二人で戦ったのだろう。
   その後、警官も去り、邸の中は落ち着きを取り戻した。父は部屋に戻っていったが、父やルディがどんな風に応戦したのか興味が沸いて、俺はその場でルディから詳細を語ってもらうことにした。

   警報機が鳴り、剣を持ってすぐに外に飛び出したのは父だったらしい。ルディも後を追って外に出て、11人のうち7人を倒したとのことだった。
「1人で7人か。軍人の立つ瀬が無いな」
「お前なら11人全員倒しただろう。私は頑張っても7人だ。……こういう実戦ではじめて父の戦う姿を目の当たりにしたが、剣の一振り一振りが強くて、確実に敵を仕留めていた。あの勇姿を見ると、まだまだ父上は現役だと思うぞ」
   ルディは父の勇猛をそう讃えた。
   俺も父の勇姿を一目見たかったものだった。子供の頃は避難させられるばかりで、そうした父の姿を一度も見たことが無い。

「……なあ、ルディ。俺が子供の頃も似たようなことがあっただろう」
「ああ。父上が大怪我をした時のことか」
「こうして俺達も大人になって振り返ってみると、父上は本当に強かったんだなと思ってな。今回はルディと二人だったが、あの時は一人で応戦しただろう」
「そうだな。だからこそ、特務派の司令官を務められたのだろう」

   陸軍特務派は相当の技量が無ければ務まらないと聞いている。俺自身も特務派に所属しているが、海軍だから事情が少し異なる。
   特殊部隊を傘下におく特務派の司令官は文武共に秀でた人物が任命され、特務派の司令官を経験した者は陸軍長官となるのが慣例だった。

   しかし父は最後まで陸軍長官とはならなかった。それが何故なのか、俺もルディも知らない。父は特務派司令官を13年勤めた後、参謀本部の参謀次長となった。
   特務派司令官を勤めた後は陸軍長官というのが慣例であり、これは格下げの人事だった。それは父が特務派の部隊を、長官の許可を得ず勝手に動かしたことに原因がある。
   ルディが誘拐された時、父はすぐに直属の部隊を動かした。ルディの身体のことを考えれば、長丁場は避けたかったのだろう。降格となったとはいえ、2年後には参謀長ととなり、その次こそ陸軍長官となると囁かれていたが、父はその後退官するまでの9年間、参謀本部参謀長の職に留まっていた。
   陸軍長官の座に一番近いと言われていた父が、何故か、その座に就くことはなかった。


「フェルディナント様、ハインリヒ様。旦那様がお呼びですよ」
   二階のルディの部屋で語り合っていたところ、ミクラス夫人が、父が呼んでいることを伝えに来る。階下に降りて、父の待つリビングルームへと行くと、其処では父が涼しげな顔で、母と共にカタログのようなものを見ていた。
「二人とも来たか。塀が壊されたから、この際、全部の塀を壊して作り直そうかと思ってな」
   過激派に塀を壊され侵入されたにも関わらず、父はまったく気にしていない様子で母に話しかけながらデザインを選んでいた。先程、壁を見つめていたのも作り替えを考えていたからかもしれない。

   剛胆な人というのだろうか。しかしロートリンゲン家の当主となるなら、これぐらいの度量は必要なのか。

「お前達の意見を聞きたいが、どんなデザインが良い? フェルディナント、ハインリヒ」
   ルディと共に父と母の向かい側に腰を下ろして、俺は窓から見える壊れた塀を暫し眺めていた。

【End】


[2010.3.10]