4.暗殺未遂事件簿〜ロイ回想



   誰かにつけられているな――と、家を出た時から気付いていた。五人の男が後をつけていた。
   今日は休日で、特に何もすることがなかったから、書店にでも出掛けようと思って邸を出た。ルディは読みたい本があると言って外出を控えた。一緒に来なくて良かったかもしれない。
   この男達は初めから俺に狙いを定めていたというよりは、ロートリンゲン家の誰かを狙っていたのだろう。待ち伏せて、邸の外に出て来たのが俺だった。身代金目当てかそれとも過激派か。
   一応、邸に連絡をいれておこう。邸の警備を強化するよう伝えておいた方が良さそうだ。
   携帯電話を取り出す。その時、男達が一斉に側に駆け寄った。両横と背後を取り巻く。此処はまだ大通りで人目に付きやすいというのに――。
「ロートリンゲン家次男、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲンだな」
   背後に立った男が問う。腰には固い感触を押しつけられていた。拳銃だろう。
「このような人目につく場所で堂々と誘拐か? 此処から少し先には交番もある。銃声が聞こえたらすぐに警官がやって来るぞ」
「警官が実際に助けに来るかどうか試してやろうか?」
   男は冷静に言い放つ。拳銃の音が鳴らないよう細工してあるのか、それとも交番の警官達を既に制圧しているのか。
   これは素人ではないな。少し様子を見た方が良さそうだ。
   彼等は俺にそのまま歩くよう告げていた。そうしながら観察していると、彼等の巧みな様子がよく解る。俺の両横と背後に位置付けながら、行き交う人々の視線に異様に映らないよう、注意を払っている。横に二人、後ろに三人。拳銃を持ち俺の身体に押し当てているのは真ん中の男なのだろう。そしてその両側を歩く男達が拳銃の影を隠している。

   彼等は次の角を曲がって、路地裏に入るよう告げた。さて、彼等は俺を殺害することが目的なのか、それとも単なる捕縛か――。
   捕縛が目的ならば路地裏に車が用意してある筈だ。それか彼等のアジトがその付近にあるか。
   殺害が目的ならば、路地裏に入った一瞬の隙に五人を倒さなければならない。彼等の凶器は拳銃だけだろうか。拳銃を持っているのは一人だけか。それとも他に何か持っているのだろうか。

   路地裏に一歩足を踏み入れる。さらに奥に進むよう彼等は告げる。腰に感じていた拳銃の圧迫感がすっと放れる。今だ――、身体を反転させて男の手をめがけて蹴りを繰り出した。拳銃が空を飛ぶ。パン、と風船が破裂するような音と共に拳銃が砕け散る。衝撃を与えたことで、暴発したのだろう。

「殺せ!」
   男が命じると他の男達が拳銃を取り出す。誰がそう容易く殺されてやるものか。銃口が一斉に此方に向けられる。すぐに駆け出す。止まれば、銃弾があたる。少しでも命中率を下げるために、右に左に動きながら、まずは一人を殴り飛ばす。弾が俺の身体を掠めていく。身を低くして、別の男の足を薙ぎ払う。盛大に転んだ男の身体を踏み台にして飛び上がり、俺の真正面で拳銃を構えた男の顔を蹴り上げる。弾が逸れて、すぐ背後のビルに当たる。落ちかかった拳銃を拾い上げ、最後の男に銃口を向ける。その男の拳銃めがけて発砲する。拳銃が男の手から落ちる。
「残念だったな。形勢逆転だ。全員壁に並べ」
「……は。勝ったつもりか」
   一人の男が鼻で笑いながら言う。どういうことだ――と聞き返すと、今頃邸は占拠されていると笑って言い放つ。
「……それは残念だったな。それこそ失敗しているだろう」
「何?」
「邸には父と兄がいる。軍を退官したとはいえ、父は有り余る力を持てあましているし、兄に至っては外交官とはいえ腕は滅法強い。我が家をそう容易く占拠は出来ん」
   拳銃の防音装置を解除して、居並ぶ男達の身体すれすれに拳銃を発砲させる。この音に気付いて、警官がじきにやって来るだろう。男達は俺を睨み付ける。いくつか質問したが、彼等は何も答えなかった。

   発砲して10分が経過した頃、警官が何事だとやって来た。拳銃を捨てるように俺に告げる。
「私は軍務省軍務局所属、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲン大佐だ。此処に居る五人の男達に命を狙われたので、彼等の身柄を確保した」
   警官は一瞬驚いて俺を見、それから敬礼して失礼しました、と告げる。彼等の捕らえるよう告げ、全員に手錠と縄がかけられるのを確認してから、携帯電話を取り出した。気付かなかったが、ルディから連絡が入っていた。すぐにかけ直す。三回の呼び出し音の後、ロイか――と、ルディの声が聞こえた。
「皆、無事か?」
   俺が尋ねると、知っているのか、とルディもまた尋ねてくる。後をつけられ一騒動あった旨を手短に告げると、ルディは邸にも暴漢が入ったんだと応えた。防犯システムすら突破してきたから、父と二人で倒したのだという。
「そうか。解った。すぐに戻る」


[2010.3.8]