「ええと……、これは何処に運べば良い?」
   彼女がこの荷物を携えているということは、これは間違いなく美術品――絵画なのだろう。
「其処の車です。本当にすみません」
   二人でゆっくりと歩いて、側にあった車まで向かう。車の前でポケットに手を遣って、鍵を取り出す。開いた扉から倒した座席の上にゆっくりと荷物を積み込む。それらの作業を終えてから、彼女は俺の前に来て丁寧に頭を下げた。
「助かりました。本当にありがとうございました」
「いや……。いつもこんな大仕事を一人で?」
   何気なく尋ねると、彼女はいいえと応えて少し肩を竦めた。何とも可愛らしい動作にどきりとする。
「本当は兄の仕事だったのですが、兄に急な仕事が入ってやむなく私が。……あの、先日、ハンブルク美術館にいらしていた方ですよね?」
「ああ。その節は失礼した」
「いいえ。このようなところで再びお会いするとは思いませんでした。帝都の方だったのですね」
   頷き応えると、彼女は微笑む。
「ではあの時は遠いハンブルクまでいらしていたのですね」
「君こそ帝都まで……。これは絵画かな?」
「ええ。其方のアパートに在住の画家の先生の作品です。兄が作品の大きさを聞き間違えていたようで……。もっと小さな作品だと思っていたのですが……」
   彼女はふと此方を見つめ、また笑みを浮かべる。
「御覧になります?」
「え……?良いのか?」
「ええ。絵画、お好きでしょう?」
   彼女は車の中に入るよう促し、車の扉を閉め、それから荷物の梱包を解いた。その手際の良いこと――。

「流石だな」
「そんなことありませんよ。まだまだ不慣れで、いつも兄に叱られます」
「君のお兄さんも美術品関係の仕事を?」
「ええ。ハンブルク美術館で修繕を担当しています」
   話しながらも彼女は手を動かし、最新の注意を払いながら、蓋を開ける。沢山詰め込まれた綿の下から現れたそれは、見事な風景画だった。
   湖畔を描いたその絵画は、木々が水面に映し出されていて、それが実に写実的で素晴らしかった。その作品に思わず見入った。

「ハンブルクにある湖を描いたものです。描き上げた時には是非、うちに寄贈したいと仰って下さって……」
「そうか……。こうして帝都で一目見られたことは幸運だったな。ありがとう」
   彼女は微笑んで、また絵画を梱包する。
   ハンブルクに行ってしまう絵を見られたことは確かに幸運だったが、俺にとってはそれよりも彼女と再会出来たことが嬉しかった。

   もう二度とこんなことは無いだろうか。それとも彼女は帝都に頻繁に来ているのだろうか。

「ハンブルクにいらした時には是非この絵を御覧にいらして下さいね」
   梱包を終えると、彼女はそう言った。一旦車から降りると、もう一度俺に礼を言う。

   フォン・シェリング家の長女からの縁談が舞い込んできたこの時期に、彼女と再会出来たということは、これは俺にとっては好機なのかもしれない。
今日、彼女と会えた。この好機を俺は逃して良いのか――。

「君は此方にはよく来るのか?」


[2010.2.26]