「ゲオルグ、何か……?」
   フェルディナントとハインリヒ相手に、話をしていた時に思い出に耽ってしまった。何でも無いよ――と応えて、暖かな珈琲を一口飲む。二人の話を聞きながら、顔を見ていたら、どうにも懐かしさがこみ上げてきた。
「二人とも学校はどうだ?」
   何気なく問い掛けると、フェルディナントはのんびり学生生活を送っていると応える。その隣で、ハインリヒは学校が厳しいんだ――と言った。
「二言目には規則規則規則……。息が詰まるよ」
   士官学校は確かに厳しそうだ。しかし、ハインリヒもフェルディナントも優秀な成績を修めていると聞いたことがある。
「ゲオルグは今、ハンブルク美術館に居るんだよね?」
「いや、今はハンブルクの博物館に居る。来年にはまたハンブルク美術館に戻ってくる予定だが」
「博物館に?」
   フェルディナントが問い返す。去年から一年という期限付きで、ハンブルク博物館に籍を置いている。修復してほしいものがある――と頼まれてのことだった。それを話すと、フェルディナントは興味津々の態で聞いていた。
「フェルディナントは? 法学部とは聞いているが、大学院に進学するのか?」
   幼い頃から比べると丈夫になったとはいえ、無理の出来る身体ではないから、就職は考えていないのだろう。そう思っていたら――。
「官吏になろうと思ってる。まだ詳しいことは決めてないけど……」
「官吏って……。身体は大丈夫なのか?」
   思わず尋ね返した。ハインリヒは兎も角、フェルディナントの身体で官吏となるのは少し難しいのではないだろうか。
「子供の頃ほど寝込むこともなくなったし、普通の日常生活を送ることが難しい具合でもないんだ。尤も受かるかどうかは解らないけど……」
   驚いた。
   ああ、でも――。
   フェルディナントらしいかもしれないとも思う。幼い頃から頭の良い子だった。身体さえ丈夫なら、何か大きな事を為せたかもしれないとは、父も祖父も言っていたことだった。
「そうか……。無理しない程度に頑張れよ」
   フェルディナントは嬉しそうに頷いた。




「調査した結果、全て本物です。地下室の環境も頗る良い状態ですし、このまま此方で保存なさいますか?」
   ロートリンゲン家を訪れて4日目、全ての所蔵品の調査を終えて、閣下に報告を行った。夕食後のことだった。その場には父は勿論、ユリアやフェルディナント、ハインリヒも居た。
   閣下は此方が書いた報告書を見ながら言った。
「ロートリンゲン家の初代当主が収集したものか」
「惑星衝突の傷も癒えぬまま、戦乱もあり、まだ規制の無い時代のことです。おそらく各国から買い集めたのでしょう。いずれも国宝級の品々です」
   父が言葉を添えると、閣下は頷いて、ありがとうと言った。
「本物ならば尚更、美術館か博物館に寄贈しよう。個人管理よりも手が行き届く」
   おそらく閣下はそうなさるだろう――と、父が言っていた通りだった。貴重なものを全て手に入れたいという方ではなかった。解りました、と父は穏やかに返答する。
「帝国美術館と博物館に連絡を取り、必要であれば書類を作成しましょう」
「そうだな……。これは私の一存なのだが、装飾品はハンブルク美術館に寄贈したい」
「しかし……。閣下、それでは帝国美術館が……」
「帝国美術館には私から話をする。それに帝国美術館にも21点は寄贈するのだから、あちらも何も言うまい。ハンブルク美術館はユリアと私の縁あった場所でもある。その記念の意味をこめて、ハンブルク美術館に寄贈したい」
   装飾品は合計15点ある。それらがハンブルク美術館に寄贈されたら、連日、多くの人が来館するだろう。おそらく閣下はその点も見越している。
「ありがとうございます、閣下」
「それに、ハインリヒが入省したら、私は退職する。その後、ユリアと共に各地を旅行しようと思っているから、ハンブルク美術館にも度々立ち寄ると思う。その時にじっくり見せてくれ」
   楽しみにしているわ――と、ユリアは言葉を添える。俺達も――とハインリヒが言うと、閣下はその頃には仕事に追われているだろうと苦笑しながら言った。
「お前達が学校を卒業したら、一度墓参りもかねてハンブルクに行こうと考えている」
「本当に!?」
   フェルディナントとハインリヒはハンブルクに行ける――と、嬉しそうに顔を見合わせた。


   翌日は帝都に泊まる最後の日で、昼間はユリアと語り合った。この日、ユリアはケーキを焼いてくれた。ユリアの作るケーキを食べるのは何十年ぶりだろう。とても懐かしい味がした。
「ユリアが此方に嫁いでもう20数年か。時間が経つのは早いな」
   父が懐かしむように語り掛ける。ユリアはそうね――と微笑み返す。
「子供達もあっという間に成長して……。二年後には二人とも卒業するし、本当に早いものね」
「そういえば二人は? 何処か出掛けたのか?」
   朝は二人の姿を見かけたが、昼食を摂ってからは二人の姿を見ていなかった。
「ロイがレポートの最終チェックをルディに見てもらっているみたい。ロイも明後日には士官学校に戻るのよ」
「それではハインリヒも大変だな」
「ええ。でも帰ってくると一気に羽根を伸ばしているわよ」
   暫く談笑していたところへ、フェルディナント達がやって来る。和やかな雰囲気で語り合ううち時間は過ぎ、ハンブルクへと戻る日となった。


   元気で――と見送るユリアと従弟達。フェルディナントとハインリヒの姿を見ると、祖父の許で過ごした日のことを思い出す。あの後も何度か会っているにも関わらず、私にはどうもあの日のことの方が印象が深いらしい。
「卒業が決まったら、ハンブルクにおいで」
   そう告げると二人とも喜んで頷いた。そうした表情は、あの時の子供の頃の二人を彷彿とさせた。

   ああ、そうか――。
   この二人の持っている本質は何も変わっていないのだな――。
   だから、私にとっては印象的なのかもしれない、そう思った。

【End】


[2011.3.6]