「御祖母様、叔父上、叔母上、初めまして」
   閣下に付き添われて家にやって来たルディは少し元気が無いものの、祖母と俺の両親にきちんと挨拶を済ませた。ロイもそうだがルディも、こういうことは閣下やユリアにきちんと躾けられている。祖母はルディの身体を抱き締め、良く来たわね――と言った。
「ずっと会いたかったわ、ルディ。身体は大丈夫?」
   もう大丈夫――と応えるルディに、祖母は優しい笑みを浮かべる。それにつられるように、ルディも微笑した。
   ルディはあまり外に出ないから、肌の色が透けるように白い。しかしそれ以外は、何処も悪いように見えない。背もロイと同じぐらいで、この年齢の子供にしては背の高い方だろう。
   ルディは一通りの挨拶を済ませると、祖父の許に行った。ルディと会った祖父は、これ以上に無いぐらい喜んだ。
「会いたかったよ、ルディ」
   祖父はルディを抱き締めた。きっと祖父は、小さな孫達に誰よりも会いたかったのだろう。これまではルディの体調のことを気遣って、ユリア達に会いたいとは口にしなかった。だが心の中では、ずっとそれを望んでいたに違いない。


「御祖父様、お話の続きを聞かせて」
   ルディとロイは一日の大半を祖父の部屋で過ごした。大人達が応接室で話をしている間、俺は二人と共に祖父の部屋に留まった。祖父はルディとロイを側において、常に満面の笑みを浮かべながら話をした。幼い頃のユリアのことまで語った。
「木に登って下りられなくなった猫を助けようと木によじ登ってな。案の定、自分が木から下りられなくなって……」
「どうやって下りたの?」
   ロイが興味津々に問い掛ける。祖父は笑みを絶やさないまま、オスカー叔父さんが助けにいったよ、と応えた。
「ユリアが小さい頃は少しでも眼を放すと、忽ち何処かに行ってしまうお転婆な子だった」
   ルディとロイが意外そうな顔をする。俺自身は祖父や父からそのことを聞いたことがあった。
「それがゲオルグが生まれてからは急に大人しくなってな。弟が出来たように思ったのだろう」
「この庭でよく遊んでもらったよ」
   言い添えると、二人が此方を振り返る。仲良しだったんだよね、とルディが言った。
「外を歩いていると、姉と弟みたいだとよく言われた」
「母上と……、6歳違いだよね?」
「ああ。物心ついた頃からずっと一緒だった」
   祖父は孫の俺達を優しげな眼差しで見つめる。満足そうで、心の底から嬉しそうで――。
   このまま生きながらえてくれれば良いと思う。ルディがこのハンブルクまで来ることが出来るようになったのだから、これからもこうして会わせてやりたい。
   不意に扉が叩かれて、ユリアが顔を覗かせた。
「ルディ、ロイ。御祖父様を少し休ませてあげましょうね」
   二人は返事をして、ベッドの側から立ち上がる。構わんよ――と告げる祖父に、ユリアは笑みを浮かべて言った。
「少し休まないと疲れてしまうわよ。一休みしてから、また相手をしてあげて」
   また後で来るね――とルディとロイが口を揃えて言う。一階に先に行っていてね――とユリアが二人に告げると、二人は部屋を出て階段を下りて行く。
「良い子に恵まれたな、ユリア」
   祖父の言葉にユリアは微笑を浮かべながら、ベッドに近付いていく。
「質問攻めで疲れてない? 大丈夫?」
「まったく。閣下こそこんな狭い家でお疲れになっていないか?」
「何とも気にしていないから大丈夫よ。下で兄さんと美術品の保管について、楽しそうに話し合っているわ」
   楽しそうに笑むユリアに、祖父の手がベッドから出て、ユリアの手に触れた。
「お前が幸せそうで安心した。ルディのことで悩んでいるのではないかと……」
   俺は退散した方が良さそうだ――。
   そっと側を離れ、扉に向かう。ユリアの声がまだ聞こえて来る。
「ルディも大丈夫よ。年々、体調が良くなっているから。また此方に来るから、お父さんも元気になってね」


   もしかしたら小さな可愛い孫達二人に会えたことで、祖父の気力も再び沸き上がってくるかもしれない。俺も両親もそう考えていた。俺は常にルディ達と行動を共にし、祖父の部屋に行く時も一緒に行った。その時、祖父はとても嬉しそうで、孫達に囲まれて幸せだ――と何度も繰り返していった。


   それが、ルディ達が翌日に発つというその晩のことだった。
   祖父の容態が急変した。祖母とユリアが祖父の側に付き添っている時のことだった。祖母が慌ただしく俺の泊まっている部屋にやって来た。すぐにお父さんを呼んで――と。
「息をしていないの……! 早く、病院とお父さんに連絡して……!」
   部屋を出ると、ユリアの泣き声が聞こえた。騒ぎに気付いて、客間から閣下も出て来た。祖母が閣下に状況を説明している間、両親の許に連絡をいれた。
   そして祖父の寝室に行くと、祖父のベッドの側で泣き崩れるユリアの姿が見えた。
   祖父は苦しんだ様子も無く、まるで――ただ眠っているかのようだった。
   病院から派遣されてやって来た医師は、祖父の死を告げた。


「御祖父様、亡くなったの……?」
   翌朝になってから、ルディとロイに祖父が息を引き取ったことを伝えた。二人とも祖父の亡骸の前でぼろぼろと涙を流した。
   俺や両親や祖母は、ある程度の覚悟は出来ていた。日々弱っていく姿に、祖父の死が近いことを肌で感じていたから、悲しいながらもその時が来たのだと思っていた。深い悲しみの淵に佇むユリアに祖母がそっと告げた。此処に来てくれただけで、お父さんは喜んでくれたのよ――と。笑顔で祖父を見送るよう、祖母は泣き笑いの表情をユリア達に向けた。





   仕事が忙しいだろうに、閣下は休暇を延長して、祖父の葬儀に参列してくれた。祖父は顔の広い人だったから、多くの人が参列した。帝都の帝国美術院からの参列者も多かった。
   私は子供の頃から祖父母宅に行くことが多く、祖父母との思い出は数多い。両親が忙しかったから、専ら祖父母やユリアが俺の面倒を見てくれた。
   祖父は博識な人で、ハンブルクや国内に限らず、他国の文化の話を聞かせてくれた。常に穏やかで、叱る時も諭すように叱る人だった。
   そんな祖父の死は悲しかったが、最期に一目でもユリア達に会わせることが出来て本当に良かったと、あの頃は皆で語り合った。


[2011.3.6]