父上は興味津々の態でガラスの中の物を見入っていた。壷を取り出してそれを眺めたり、白亜の像をじっくりと見たり――、本当に父上はこういう美術品が好きなのだろうなと思う。
   其処へ、カツンカツンと複数の足音が聞こえて来た。灯りを携えている。母上とロイ、それにフリッツのようだった。
「ルディ」
「母上。此方に」
   呼び掛けると、父上は顔を上げて母上を見、大分古い物のようだ――と言った。母上がその側に屈む。
   驚いたのはその手際の良いことだった。壷を手にすると左右に回して見、底を見る。それから、15世紀ぐらいのものよ――と母上は言った。
「15世紀……!?」
   驚いて問い返すと、母上は此方を見て笑み、今のアジア連邦の明の時代のものねと付け加える。
「これだけ完璧に近い形で残っているのは、連邦の国立美術館に保管されているものだけの筈よ。……其方の像も同じぐらい古いわね。ルネサンス期の彫像ではないかしら」
   ルネサンス期――その時代のことは知っているが、そんなものがこの地下室にあるなんて――。
「どちらも個人で取引出来る品物ではないわ。現在ではね」
「じゃあ、またルディが言った通りなのかな」
   ロイが身を乗り出して、母上に告げると、母上は慎重に壷を置いて此方を見上げた。
「ルディはどう思ったの?」
「その美術品が何時代のものかまでは解らなかったけど、惑星衝突前の物は取引することも今では難しいし、ガラスケースの構造が古いから、もしかしたら初代当主か二代当主、少し長めに見て三代当主が収集したものなのかな……と」
「そうね。私も同じように考えるわ。初代の御当主か二代御当主にこうしたものがお好きな方はいらしたの?」
   母上は父上に問い掛ける。父上は首を傾げて、それだけ古いと解らない――と言ってから、フリッツを見遣った。フリッツも私も解りません――と応える。
「この装飾品は紀元前のもの。本物だったらとんでもない話だけど、贋作だとしても惑星衝突前のものだから、かなり珍しいものね」
   母上は――。
   父上よりも詳しいのではないか、そんな気がする。父上と結婚するまでは、ハンブルク美術館で叔父上の手伝いをしていたと聞いたことがある。しかし手伝いをするだけで、これだけ見識が深くなるものだろうか。
「母上。今見ただけで、何故其処まで解るの……?」
   驚いて尋ねると、若い頃に美術館の手伝いをしていたからよ――という応えが返ってくる。でもそうとはいえ――。
「奥様は御結婚前には、帝都の美術館からもお仕事のお誘いがあった程の方だと伺っております。それに叔父上様のお手伝いと仰っていますが、ハンブルク美術館の正式なキュレーターだったそうですよ」
   フリッツが私の疑問に応えるように教えてくれた。
「正式なキュレーターだったのは、半年だけよ」
   母は苦笑混じりにそう言ったが、初めて知る事実だった。ロイと顔を見合わせて驚いていると、父上が言った。
「ハンブルク州立大学の美術科を優秀な成績を修めて卒業しながら、帝都の美術館からの依頼をはね除けて、ハンブルク美術館に勤めていたんだ。キュレーターは最低でも一年は見習い期間がある。一年の見習い期間が終わる頃に私と会って、結婚してしまったからな。美術館にとっては痛手だっただろう」
「そんなことは無いわよ。ゲオルグだったら、一目見ただけで本物か贋作か解るでしょう。私は何とか作成された時代が解るぐらいだもの」
   母上がハンブルク出身でハンブルクの話はよく聞いていたが、そうした経歴は初めて耳にすることだった。
   母上はこの場にあった美術品を全て見て、父上と話していた。その後、リビングルームに戻り、父上はパトリックを呼んだ。

「書庫の下に地下室があったことは私も存じませんでした。先程、フリッツから聞いて先々代までの帳簿を見返してみましたが、購入履歴は何処にも御座いません」
「初代当主や二代当主の帳簿は残っているか?」
「書庫に行けばあると思いますので、近日中に調査して御報告します」
「頼むぞ。惑星衝突前のものが自由に手に入るといったら、初代か二代までだろう。それからゲオルグに鑑定を依頼するつもりだから、その準備も整えてくれ」
「解りました」
   パトリックが部屋を立ち去ってから、ミクラス夫人が珈琲を持って来てくれた。地下室は冷えたので、暖かい珈琲は嬉しかった。
「名品を沢山発見なさったとか。使用人達も騒いでおりました」
「一級品すぎるものだったら、帝国美術館に寄贈することも考えている。此方では管理出来ないからな」
   父上はあっさりとそう言った。手許に置いておきたいとは思わなかったのだろうか。
「父上は自分で保管したいとは思わないの?」
   ロイが父上に尋ねる。私も同じことを考えていた。
「父上の愛蔵品と合わせると結構な点数になるし……」
「個人が収集して良いものと、国で管理すべきものがある。私が収集しているのは惑星衝突前のものであっても、個人で収集可能なものばかりだ。だが今回出て来た品物は、国で管理すべきものだ。個人管理は手に余る」
   意外にも父上は一線を画していた。ただ無闇に収集しているという訳ではない。父上なりのポリシーがあるのだろう。
「ユリア。ゲオルグに今日のことを伝えておいてくれ。後日、私からも連絡をいれるから」
「解ったわ。きっと喜んで見に来るわよ」

   ゲオルグがこの邸に来る――。
   何年ぶりだろうか。子供の頃に会って以来だった。ロイは身を乗り出して、いつゲオルグは来るの――と尋ねる。連絡をいれてみないと解らないわね、と母は微笑しながら返した。



「ハンブルクだから、明日来るってことも出来ないだろうし、俺は会えないんだろうなあ」
   ロイは私の部屋に来るなり、ソファに腰を下ろして言った。ロイは今は休暇中だからこうして邸に居るが、来月の頭にはまた士官学校に戻らなければならない。
「ロイが会いたがってたって伝えておくよ。……けれどもしかしたらロイが居るうちに来るかもな」
「そうだと良いけど……。でも母上にも驚いた。母上ってそうてきぱきしたタイプじゃないから、仕事をしていたイメージが無かったんだけど……」
「私も同感だ。ハンブルク美術館で手伝いをしていたとは聞いていても、御祖父様が館長を勤めていたからその縁で少し手伝っていただけなのかと思ってたよ」
   どうやらロイも私と同じように考えていたらしい。私の言葉にロイも頷きながら、父上と会って仕事を辞めたんだろうな――と言った。
「ハンブルク美術館で父上と会ったという話以外、聞いたことが無いな。……キュレーターとしての能力を有望視されながらも仕事を捨てて、父上と……」
「俺は父上がどういう風に口説いたのか気になるよ」
「……それもそうだな」
   ロイと顔を見合わせて笑っていたところへ、母上がやって来た。
「二人とも。お父様がお呼びよ」
「父上が?」
   ロイが聞き返す。母上は微笑みながら頷いて、来週からゲオルグが此方に来ることになったの――と言った。
「来週来るんだ!?」
   ロイが喜びの声を上げる。こんなに早く来てくれるとは、私も驚いた。同時に嬉しかった。ゲオルグと会うのは子供の頃以来で――。
「オスカー叔父様と一緒にね。そのことでお父様から少しお話があるの」
「すぐ下に行くよ」
   その後、父上からオスカー叔父上とゲオルグが来週から四日間、邸に滞在することが決まったと告げられた。
   思いがけず見つけた品々がきっかけで、ゲオルグやオスカー叔父上と会える。子供のようにわくわくしながら、その日が来るのを待ち受けた。
   そして週が開けた日、ゲオルグとオスカー叔父上が邸に来訪した。

【End】


[2011.2.20]