「まだ見つからないのか?」
   ユリアが各部屋を覗きながら廊下を歩いている姿を見かけて、声をかけた。ユリアは不安そうにええ、と応える。
「どの部屋にも居ないの。書庫を探しにいったルディからも連絡が無くて……」
「……フェルディナントのことだ。大方、自分の目当ての本を見つけて読み耽っているのではないか?」
「……そうね。書庫を見に行ってくるわ」
「私も行こう。ちょうど読みたいものがある」

   そうして、ユリアと共に書庫へ向かったが、書庫には二人の姿は無かった。一体何処へ行ってしまったのか――。
「ルディまで居なくなるなんて一体……」
   ユリアは携帯電話を取り出した。此処では電波が繋がらないため、一旦部屋を出る。程なくして戻って来て、電話が繋がらないの――と言った。
「……邸から出ていないとなると、電波の通じないところは此処だけだが……」
「……おかしいわね」
   ユリアは二人の名を呼び掛けながら、書庫をぐるりと一周する。まったく何処に行ったのやら――。

   目的の書棚の前に来た時、足下に本が落ちていることに気付いた。それもページが開いたまま落ちている。誰がこんなぞんざいな扱い方をしたのか。
   ……ハインリヒか。ハインリヒに違いない。これではページが折れてしまうではないか。
「フランツ。何処にも見当たらないわ。……どうしたの?」
   本を拾い上げていると、ユリアが此方にやって来た。本が落ちていたんだ――と応えると、ユリアは訝しげに首を傾げる。
「……何処に落ちていたの?」
「ちょうど今のお前の足下だ」
   ユリアは床を見る。そして私を見、何かあったのではないかしら――と言った。
「何かと言っても、邸の中だ。警報も鳴っていないから異常が生じたということは無いだろう」
   ユリアは本を見つめ、やっぱりおかしいわ――と言った。
「フランツ。その本、埃だらけよ」
「……それもそうだが」
「そしてこの床にも埃があるの。毎日、お掃除してもらっているのにこんな埃が舞ってくるなんておかしいわ」
   ユリアは書棚の一番下を指し示す。確かに、埃が四散していた。まるでそれまで動かしていなかった何かを動かしたかのように――。
「この書棚、可動式ではないのでしょう?」
「ああ。この部屋はこの邸が出来た時から既に書庫として作られている。書棚はびくとも動かないように床に埋め込んである筈だ」
「……それにしてはこの書棚だけは埋め込まれていないみたいよ」
   ユリアはその場に屈んで、書棚の足を指差した。確かに、この棚だけが床に接地している。他の書棚は床に埋め込まれているのに――。
「それに埃がこの棚の下から掃き出されているみたいなの」
   そう告げるとユリアは立ち上がり、徐に書棚を押し始めた。びくともしない。
「まさか動く筈が無いだろう。私はそんな話を聞いたことも無いぞ」
「でも……。ルディとロイは必ず此処に居ると思うの。それなのに見つからないということは、何処かに入り込んでしまったのではなくて?」
「何処かに……と言ってもな。この地下室にさらに地下室があるとでも?」
   落ちていた本を書棚に戻しながら、軽くその棚を押してみる。

   その時――。
   書棚がゆっくりと動き出した。
「何だ。これは……!?」
   書棚が半円を描くように動く。そして、それまで書棚があった場所に、四角い枠が現れた。それがピッという音を立ててゆっくりと開く。
「地下室……?」
「まさか二人とも此処に?」
「ユリア。此処で待っていろ。私が中に入って二人を探してくる」
   ユリアにそう促して、階段を下りて行く。父上、と二人の声が聞こえた。
「父上、入口が自動的に閉まるから、何かを挟んでから此方に来て!」
   ハインリヒの声がそう言った。ユリア、と階段の上に呼び掛けて、何か挟む物を持って来るよう告げる。
   だがその時、無情にも入口が閉じ始めた。咄嗟に階段を駆け上がって、入口を掴む。ユリアも同じように入口を食い止めた。本を間に差し挟む。だが、すぐにそれは折れ曲がっていく。
「ユリア! 手を放せ! これは駄目だ。閉まる!」
   ユリアの手を追い払い、残りの僅かな隙間から、ユリアを見上げる。もうあと数秒で、此処は閉じられてしまうだろう。これ以上、手でこじ開けていられない。
「……フリッツを呼べ! 良いな!?」
   言い残してから、手を放す。ユリアが解ったわ――と言ったのが聞こえたが、それ以上の言葉はまったく聞き取れなくなった。つまりはこの扉が閉まってしまうと、外界の音はまったく聞こえなくなる――遮断されるということか。
   しかしこんな地下室があったとは――。

「父上……」
   いつのまにか、二人が側に居た。ユリアの言っていた通り、書庫に二人は居た。まさかこんな場所に居たとは思わなかったが。
「お前達も閉め出されたのか?」
「書棚に凭れて本を読んでいたらいきなり書棚が動いて、地下室を見つけて……。興味本位で入ってみたら閉め出されたよ。俺を探しに来たルディも同じようにね」
「父上。この地下室は一体何ですか……?」
「私も初めてこんな部屋があることを知った」
「ルディの予想は当たったということだな。俺はてっきり父上が地下室を作ったのだと思ったけど」
   ハインリヒはそう言って、父上の好きそうなものが奥にあるんだ――と言った。何があるんだと問い返すと、フェルディナントが代わりに応える。
「おそらく惑星衝突前のものだと思います。壷や像、刀剣類、それに装飾品がこの奥に並べられていました」
「……惑星衝突前の……?」
「ええ。詳しいことは私には解りませんが、この廊下に沿って設置されているランプも相当古いものです。それに貴重品が置かれてあるガラスケースも大分古くて……」
「ルディ。父上を連れて奥に行って来いよ。俺が此処で母上達を待つから」
   ハインリヒがそう言った。確かにそのようなものがあるのなら興味がある。フェルディナントは解ったとハインリヒに言って、それから行きましょうと促した。
「ハインリヒ。母上が来たら、下に降りてくるように言ってくれ」
   美術品があるのなら、ユリアに見て貰った方が良い。私より見識眼がある。
   フェルディナントと共に奥へと向かう。そして突き当たりの先にフェルディナントが言っていたガラスケースがあった。


[2011.2.14]