27.秘密の小部屋



「ルディ。ロイを見なかった?」
   部屋でレポートを書いていたところへ、母上がやって来た。ロイならば、一時間程前に私の部屋にやってきたが――。
「書庫だと思うよ」
   ロイも今週中に仕上げなければならないレポートがあるとかで、本の在処を尋ねに来た。国防に関する古い書籍を探していて、書庫にあることを告げると、探してくるといってロイは書庫へ向かった。
「書庫に? 見えなかったけど……」
「探してくるよ。少し息抜きしようと思ってたところだから」
「ありがとう。頼むわね、ルディ」
   ロイは携帯電話を持たず、邸内を歩き回っているようだった。邸内が広いから、携帯電話だけは持ち歩くようにと母上はいつも注意するが――。
   尤も書庫に居たら携帯も通じないか。書庫だけは電波が届かない。

   二階から一階に降り、さらに奥へと向かう。古い書籍は書庫のなかでも地下にある。書庫から地下に行き、ロイの名を呼ぶ。ぐるりと書庫を一周したが、ロイの姿は無かった。
「ロイ?」
   一体何処へ行ったのだろう――。
   ロイの探していた国防の本は棚にある。もうレポートを書き終えたのだろうか。それともあまり良い情報を得られなかったのだろうか。邸から外に出る時は、誰かに一言伝えていくことになっているから、誰も行方を知らないということはないだろうに――。
   ロイの探していた本を手に取る。書棚に背を凭れさせながら、その本の頁を捲る。
   その時、ぐらりと書棚が揺れた。

「え……!?」

   書棚が倒れる――と思い、すぐにその場から離れる。ところが、書棚は意に反してゆっくりと動いていった。まるで半円を描くように。
「これは……」
   書棚が60度ほど動いて止まる。それまで書棚があったところに、四角い枠のようなものがあった。それがゆっくりと動く。枠が開き、其処から階段が暗闇のなかに伸びているのが見えた。
「地下室……?」
   こんな地下室、初めて知った――。
   興味を覚えて、階段をゆっくりと下りていく。カツンカツンと足音が響く。
   否――、それ以外にも同じような音が聞こえてくる。
「ルディ!」
   ロイの声が聞こえる。ロイは此処に居たのか――。
「ロイ、探したぞ。一体此処は……」
   階段が漸く終わる。ロイに問いかけた時、上からゴゴゴと重い音が聞こえてきた。
「ルディ! 入口が閉じないように止めてくれ! 早く!」
   早く、とロイは此方に向けて走りながら促す。咄嗟に持っていた本を放り投げる。それから、20センチ程しか空いていない入口をぐっと手で掴む。重い。それに予想以上に強い力で――。
   じりじりと入口が閉まっていく。これでは閉じてしまう。何か手立ては無いか――。
「ロイ! 何か棒は無いか!?」
   いつのまにか私の許に来たロイが入口を押し広げようとする。
   だが――。
   ロイと私の二人の力が加わっているにも関わらず、入口が閉まっていく。あと5センチ――。
   駄目だ。これでは手が挟まれる――。
「無理だ! ロイ、放すぞ!」
   ロイと同時に手を放す。入口はすぐに閉じられた。辺りが真の暗闇となる。
「入口は此処一つなんだ。そして一度閉じると、中からは開けられない」
   ロイは溜息混じりにそう言った。どうやらロイは此処に閉じ込められ、出られなくなったらしい。そして私もロイと同じ状況に陥ったということか。
「母上が探していたから呼びに来たのだが……。まさか書庫にこんな場所があるとはな」
「ああ。書棚に背を凭れて本を読んでいたら、突然書棚が動き出したんだ。そうして此処への入口を見つけて……」
「……私の状況と全く同じだ。参ったな。それにしても此処は一体……」
「結構奥深いんだ。それに面白いものも見つけた。ルディ、此方に来てみろ。……ああ、足下気を付けろよ。急な階段だから」
   ロイに促されて、壁を伝いながら歩いて行く。まだ眼が闇に慣れておらず、手探りの状態だった。

   ロイは奥へ奥へと進んでいく。カツンカツンと足音が響き渡る。壁にきらりと光るものがある。何だろうと思って眼を凝らすと、ランプのようだった。それもかなり古い。
「ランプがあるな」
「どうやって点けるのか解らないんだ。随分古くて……」
   ランプに手で触れる。形からしても本当に古いが――。
   火があれば点けることが出来る。だが、ロイも私も喫煙することが無いので、ライターを持ち合わせていない。諦めるしかなかった。
   さらに歩みを進めると大分眼が慣れてくる。3メートル程の狭い通路は一直線に伸びている。ロイの後を付いて歩きながら、辺りを見渡す。石畳の廊下以外には何も無い。面白いものを見つけたとロイは言っていたが、一体何を見つけたのだろう――。
   そう考えていたところへ、ふと視線の先にそれまでとは違うものを見つけた。
「あれだ。ルディ」
   ロイが促す前から眼を奪われていた。
   ガラスケースのなかに、壷や白亜の像、刀剣や拳銃がずらりと並んでいる。その脇には、棚のようなものがいくつか並んでいた。
「父上が地下室を作って此処に置いたのかもしれないが……」
   ロイは言いながら、ガラスケースに触れる。鍵はかけられていなくて開くんだ――とケースを開いて見せた。
「棚の中を見てみろよ、ルディ」
   ロイに促され、刀剣の脇にある棚に手をかける。それを一段開くと、装飾品が入っていた。それも純金のようで、随分と形が古い。
「全ての棚にそんな装飾品が入っているんだ。中には王冠もあった」
「何故こんなところに……」
「だから父上の秘蔵のコレクションかと思ってさ」
   ロイはそう言ったが、何か違和感を覚えた。父上ならば、こんなところに隠すようにおかず、手許に置いておくような気がする。それにどれだけ貴重でも、物として使うから、こんな風に飾りもせず収集することは無いような――。

   しかし父上でないとしたら、一体誰が?
   こんなところ、ロートリンゲン家の人間以外が立ち入ることは出来ないだろうし――。
   それにこのガラスケースも随分古い。所々にあるランプはオイルと火を必要とするもので、惑星衝突前――それよりももっと古いものだ。

「ロイ。これはきっと父上も知らない」
「え……? 父上じゃない……?」
「かなり古い……、ロートリンゲン家の当主の誰かが収集したものだ」
   おそらく――。
   鑑定は出来ないが、滅多に手に入れることの出来ないものだということは解る。それに白亜の像や壷は明らかに惑星衝突前の物だ。こんなにも綺麗な状態で残っているとしたら、国宝級の物ということになる。そんなものを手に入れられるとしたら、惑星衝突から近い時代――つまり初代当主か二代当主、三代当主ということになる。
「父上を呼んできた方が良さそうだな。……が、まず俺達が此処から出ることが先だが」
「母上が気付いてくれる。書庫を見て来ると行ったからな。それに入口が閉じられる前に、本を放り投げた。書庫で何かあったと気付いてもらえる筈だ」
「……携帯を持っているか?」
「持っているが、書庫と同じで、此処は電波が通じない。だが電源は入っているから、微弱電波は発信しているだろう。邸のなかで電波が通じないのは書庫だけだ。加えて、私達は邸から外に出ていない。だから母上は必ず書庫に私達を探しに来る」
「書棚の下に気付いてくれると良いが……」
   ロイは案じながら入口の方を見遣った。
   それにしても一体、誰がこんな部屋を作ったのか――。


[2011.2.7]