皇帝陛下と会って話をした――。
   と、夕方に大学から帰宅したルディに伝えると、ルディは大きく眼を見開いて、暫くの間、言葉を失っていた。
「士官候補生なのに皇帝陛下と拝謁出来るなんて……。どんな話をしたんだ?」
   ルディに問われるまま、皇帝の執務室でのことを話すと、ルディは興味津々の態で聞いていた。俺達に興味を寄せていたことを告げると、ルディはさらに驚いた。
「私もお会いしてみたいな。ロイが羨ましい」
「俺はルディに代わってほしかったよ。突然のことだったんだから……。何か失敗をしでかすんじゃないかと、ずっとひやひやしていたよ」
「でも貴重な体験が出来たじゃないか」
   まったくルディは本当に度胸が据わっているのだと思う。多分、皇帝の前に出たとしても緊張もしないのだろう。
「あ、そうだ。ルディも皇帝陛下と拝謁出来る筈だ。社交界に出席するみたいだから……」
「社交界?」
「もう成人したから良い機会だって、父上が言ってた。皇帝陛下の誕生日の祝賀会に行くことになると思うよ」
「それはきっとロイだけだろう。私は跡取りではないから、そのような場に行く必要も……」
「ルディと俺もだって。それにルディ、跡取りじゃないと言ってもルディだってこの家の人間だろう」
「そうだけど……」
「そんなことを父上の前で言うと、お前はこの家の人間たる自覚が無いって叱られるぞ」
   俺が父上の口真似をしてそう返すと、ルディは笑ってそれもそうだな――と返した。

   今回、帰宅したのはひと月ぶりだった。インフルエンザに罹らなければ、あとひと月は帰宅出来なかったから、俺にとっては不幸中の幸いというものだった。完治して病院から帰宅したのが二日前のことで、明日にはまた士官学校に戻らなければならない。
   士官学校を卒業するまであと半年――。家族の居ない生活には慣れたといっても、邸に戻ってきて皆と過ごす方が寛げる。考えてみたら、もう5年以上も寄宿生活を送っていた。
「明日の昼に、学校に行くといっていたな?」
「うん。夕方には学校に到着するように発つよ。明日から授業再開らしいし、それに来月の頭には今回の演習をやり直すことになってるから……。次に帰ってくるのは再来月の半ば頃かな」
   演習を終えたら、一週間の休暇が貰える。それを終えたら、また次の演習が待ち受けている。これから卒業までの間は演習の繰り返しだった。
「演習に入るなら、連絡も出来ないな。あと半年か」
   ルディはカレンダーを見遣って言った。頷くと、もう少しだと微笑み返す。
「だけど半年後に卒業して軍に入ったとしても、本部所属となれるかどうかは解らないしな。支部所属となるかもしれないし……。ルディは外交官の試験、受けるのだろう?」
「再来月に試験があるんだ。受からなかったら、もう少し大学に留まろうと思ってる」
「……大丈夫だろう。ルディなら」
「体力的な問題があるよ。外交官となると、他国での駐在もある。この間、ラードルフ小父上が来て、外務省よりも財務省か内務省を受けるよう勧められたところだ」
「でもルディがやりたいのは外交官なのだろう?」
   ルディは頷き応える。
   俺の予想ではあるが、ルディほどの能力の持ち主なら、たとえ身体が弱くとも、外務省自体が欲しがる人材なのではないかと思う。だから、心配要らないのではないだろうか。
「再来月の試験となるとルディも忙しいんだな」
「今は少しだけ。……ロイ、半年後に一緒に宮殿に通えるようになったら良いな」
「俺もそうなると良いと思ってる」
   顔を見合わせて微笑み合う。この瞬間、それが俺達の約束へと変わる。俺は何としても優秀な成績を修めて、軍本部に所属しなくてはならない。そしてルディも難関といわれている外交官試験に合格して、外交官とならなければならない。
両方とも簡単な夢ではないが――。
   こうして約束し合うと、目標をさらに自分の許に引き寄せなくてはならないような気がして、やる気が出て来る。
「フェルディナント様、ハインリヒ様。旦那様がお帰りですよ」
   ミクラス夫人の言葉にルディが返事を返す。

   リビングルームに向かう途中で、父上と鉢合わせる。お帰りなさい――と告げると、父上はただいまと応える。先にリビングルームに入ると、程なくして着替えを済ませた父上と母上がやって来た。父上はいつもの位置に座ると、徐に俺を見て言った。
「長官からお前にお褒めの言葉を頂いた。今後も頑張るようにとの言葉も共にな」
   良かった――。
   不都合なことでもあったらどうしようかと、まだ胸の内に不安が残っていたが、それが一掃されたようだった。凄いな、ロイ――とルディが隣から告げる。終わって安心したよ――と応えると、父上と母上も笑った。
「ハインリヒから既に聞いているだろうが、フェルディナント。お前達二人を、陛下の御生誕祝賀会に参加させるつもりだ。そのように心積もりを」
   はい、とルディが返事をする。父上は義務的なもので、そう楽しい場でも無いがな――と呟くように言った。
「二人とも、これまで表に出なかった分、注目の的となるだろう。……まあ、生誕祝賀会にはハインツ家も参加するから、そう気負うことも無いが……。それからハインリヒ、お前は明日には学校に発つのだったな」
「授業は無いから、夕方までに学校に戻れば良いんだ。昼頃、出立しようと思ってる」
「そうだな。まだ復帰していない者も多いと聞いている。また暫く帰宅は出来ないだろうが、身体には気をつけて頑張りなさい」
   返事をしたところへ、ミクラス夫人が食事の用意が整ったことを告げに来た。
   この日の食事は俺の好物ばかりで、それに父上がワインを勧めてくれた。

   楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
   朝、父上を見送りに出て、その後、大学に行くルディを見送った。昼食は母上と共に摂り、午後三時になってから、出立することになった。
「ロイ。あと半年、頑張りなさいね」
   見送りの際、母上は優しい口付けと共にそう言った。ルディと約束したんだ――と告げると、母上は微笑みながら、何を約束したの――と問い返した。
「半年後には二人揃って此処から宮殿に通おうって。だから本部所属となれるよう頑張らないと」
「そうね。そうなってくれるとお父様も私も嬉しいわ。また家族全員で暮らせるのですものね」
   行ってきます――母上にそう言って、邸を出て、ケスラーの運転する車に乗り込んだ。


[2010.11.24]