「ロートリンゲン大将」
   軍法会議での尋問が終わり、大将だけの処分会議が終わってから、陸軍長官の執務室に呼び出された。事件の騒動から三日が経っていた。
   どのような処分も覚悟していた。辞職を命じられるならそれで仕方が無い。降格処分となったとしても、自分から身を退くことはせず、それを甘んじて受けようと決めていた。それが今回のことに巻き込んでしまったアントン中将へのせめてもの詫びだと――。
「処分が決まった。まずは一週間の自宅謹慎、そして……」
   長官は側に置いてあった職名章を差し出して言った。
「君は参謀本部へ異動となる」
「参謀本部へ……?」
   てっきり支部への異動を命じられるかと思っていた。驚いて問い返すと、長官は続けて言った。
「参謀本部参謀次長、謹慎が明けてからはそれが君の職となる。……本来なら次長は中将が務めるものだが、これは今回の責任を取って貰う意味で仕方の無いこと」
「……長官。身勝手な行動を起こした……、勝手に隊を動員した私が、何故参謀本部に……」
「フォン・シェリング元帥が一度は君の辞職と称号剥奪を求めてきた。だがその後、皇帝命令が下りたんだ。君を参謀本部にというのは、陛下の御命令だ」
「陛下が……!?」
「少数で隊を率いたにも関わらず、犠牲も無く、犯人を制圧することが出来たことを評価するべきだとな。しかし、君が規則違反の行為に及んだことは事実、其処でもう一度処分会議を行い、参謀本部次長とすることを決定した次第だ」
   正直、安堵したよ――と、長官は息を吐いて言った。
「長官。アントン中将にはどのような処分が……?」
「アントン中将に関しても、陛下の命令が下った。彼は厳重注意のみだ」
「そうですか……。良かった……」
   本当に良かった――そう思い内心で息を吐いていると、長官はそれを見越したように笑みを浮かべ、そしてフランツ、と呼び掛けた。
「早く帰って、息子の無事な姿を確かめてくることだ。ロートリンゲン家から此方に何度か連絡が入っている。ハインツ財務長官も毎日のように私の許を尋ねて来た。皆、君のことを心配しているようだ」
   皇帝に会って、謝罪しなければならない――そう思ったが、謹慎中は宮殿への出入りを禁じられた。長官の言う通り、今日はこのまま帰宅するしかなかった。


   パトリックに迎えに来て貰い、車に乗り込むと、どっと疲労が押し寄せてくる。座席に背を預けながら、フェルディナントのことを尋ねた。フェルディナントは熱も大分下がったらしい。
「そうか……。良かった」
「ただ酷くショックを受けられたようで、数時間ごとに呻き声を上げるのだとアガタが言っておりました。まだフェルディナント様からは何も話は伺っていないのですが、どうもフェルディナント様の眼の前でホルガーは殺されたようで……」
   フェルディナント様のお身体に付着していた血液はホルガーのものと一致しました、とパトリックは告げる。
「……ホルガーとゴードンの家族には充分な補償を頼む。葬儀は執り行ったのか?」
「ホルガーは今日、ゴードンは明日とのことです。ご参列なさいますか?」
「そうしたいが、一週間の自宅謹慎となった。済まないが、私の代理として行って貰えないか?」
「承知致しました」
   車が邸に到着する。パトリックは着替えてからすぐに葬儀に向かう旨を告げた。


   邸のなかではユリアとフリッツが待ち受けていた。
「暫く不在にしてしまって済まなかった」
「ラードルフ様が心配なさって此方に来て下さいました。大分お疲れの御様子ですね……」
   ユリアは気遣わしげに私を見、それからフェルディナントの状態を教えてくれた。今はアガタが付き添っているという。
「そうか……。私も少し休みたいが、その前に話しておくことがある」
   二人を部屋に呼び、軍服の上着を脱いでソファに腰を下ろす。何はともあれ身体にのし掛かっていたものが全て下りたような気がして、ふうとひとつ息を吐いた。
「一週間の自宅謹慎となった。そして謹慎が明けたら、参謀本部に異動となる。職は参謀本部次長。本来ならば中将級の職だが、私の階級は今の大将のままだ」
   これにはフリッツもユリアも驚いていた。皇帝命令でそうなったことを話すと、二人はさらに驚く。フリッツには当分の間、邸の警備を強化することを告げた。フリッツが去ってから、ユリアは着替えを持って来てくれた。
「きっとこの一週間、お休みになっていないのでしょう。今日はゆっくり身体を暖めてから休んで下さい」
「ありがとう。お前も疲れただろう。……フェルディナントが大分ショックを受けていると聞いたが……」
「ええ……。今は一人きりにしておけなくて……。アガタと交替でルディの側に居ます」
「そんなに酷いのか……?」
   ユリアは心配げに頷いた。休む前にフェルディナントの様子を見にいくか――そう考えて、フェルディナントの部屋へと向かった。



   フェルディナントの側にはアガタが居た。アガタはお帰りなさいませ――と私に告げて、フェルディナントの側から離れる。
「二時間ごとにお目覚めになるのです。その都度、酷く脅えなさって……」
   そろそろお目覚めになるかと思います、とアガタは言う。ユリアはアガタに休むよう告げた。そしてアガタが去っていってから程なくして――。

   フェルディナントの唇が僅かに動いた。あ、あ、あ、と声を発し、手を伸ばす。ユリアがすぐにその手を握った。フェルディナントの眼から涙が溢れ出す。
「フェルディナント」
   頬を軽く叩いて起こすと、フェルディナントは眼を開けた。
「父……上……?」
「そうだ。大分魘されていたが、大丈夫か?」
   フェルディナントは全身を震わせていた。この酷い脅え方は、犯人に余程酷いことをされたのか――。
   誘拐の詳細は明らかになっていない。犯人達は固く口を閉ざしているという。フェルディナントは一体どのような辛い目に遭ったのか――。
「この三日間のことを話せるか?」
「フランツ。まだ……」
「話してしまった方が楽になれることもある。それとも話したくないか?」
   フェルディナントに問い掛けると、フェルディナントはぼろぼろと涙を流しながら、ホルガーが、と言った。
「僕を助けようとして……っ、頭を撃たれて……沢山血が……っ。大人しくしないと、僕も殺すって言われて……っ」

   何と言うことだ――。
   パトリックの言っていた通りだ。犯人はこの子の眼の前でホルガーを殺したのか。こんな状態になるのも無理は無い――。

「そうか……」
「ホルガーは……? ゴードンは……?」
   フェルディナントは縋るような眼で二人のことを尋ねて来た。大丈夫だ、生きている――と口先で嘘を吐くのは容易いことだ。だが……。
「二人とも亡くなった。ホルガーはお前の眼の前で撃たれた時に息絶えたのだろう。ゴードンはもうひとつ手前の小道で、大破した車の側で亡くなっていた」
「何で……!? ゴードン……っ、後で必ず追いつくって……! だから僕とホルガーに先に行けって言ったのに……っ」

   ああ――。
   そういうことだったのか――。

   ホルガーとゴードンは最後までこの子を守ってくれたのだろう。
   命を賭けてまで――。
   ゴードンがあのような場所で息絶えていたことが不思議だったが、納得出来た。フェルディナントとホルガーを逃がして、自分が囮になったのだろう。
   だが、犯人の数が多かったから、ホルガーの方にも包囲網をかけられて――。
   フェルディナントを捕らえられ、ホルガーはそれを助けようとして――。


   この子はきっとそれを一部始終見てしまったのだろう。
   だから――。
   こんなにも脅え、混乱して――。


[2010.8.18]