アントン中将の話によると、マルセイユの海底に秘密基地があるという噂があるらしい。其処では、武器開発のための実験が執り行われているとのことだった。
「尤もそのことを知っているのは海軍部の一部の軍人達です。私も噂程度にしか知らないことですが、海軍部の資金の流れには奇妙な点がいくつかありまして、海底施設の話はその資金の流れを裏付ける話のように思えるのです。29年前の事故は、おそらくはそうした武器使用による衝撃波が生じてのことと捉えている軍人は少なくありません。29年前の事故の起こった海域は、閣下が事故を起こした海域と同じです」
「では……、もしかしたら今回の事故も……」
「事故の詳細な状況は29年前と似ていますか?」
「船体は殆ど大破して原型を留めていません。にも関わらず、動力部分にも爆発の痕跡が無い。海に投げ出される直前、何か衝撃音のような音を聞いています」
「おそらく間違いないでしょう。船体はまだマルセイユに?」
「いいえ。船を購入した際の業者に引き取ってもらいました。彼等の手で再調査を行うとのことで……。ですが、そのような事情なら……」
「閣下。おそらくあの時と同じように特務派が動きます。そうなる前に手をお打ち下さい」
   軍務局特務派が動くと今回の一件もかき消されるだろう。船の不具合で済まされてしまう。
「……解りました。アントン中将、また後日連絡致します」
   電話を切ってから、席に着く。ザカ大佐が協力します――と言ってくれた。
「いや、君がこれ以上協力すると、海軍での立場が危うくなる。今日教えてくれた情報だけで充分だ。あとは私がどうにかする」
「しかし閣下……」
「それにもし本当に海底で密かに実験を行っているのだとしたら、参謀本部の仕事でもある。組織の膿は出し切らねばな」
「……解りました。何か御用が御座いましたら、いつでもお申し付け下さい」
「ありがとう。感謝する」
   ザカ大佐と別れ、邸に帰宅してからすぐにディーラーに連絡を入れた。破壊した船をロートリンゲン家で一旦預かることにした。



   それからは海軍軍務局との攻防だった。参謀本部単独で過去の事故も合わせて全てを調べ上げ、証拠を海軍軍務局に突きつけた。最後には海軍長官まで私の許に来た。
「地下に実験施設があることは認めよう。だが、公表は避けてもらいたい」
「このたびの事故と29年前の事故が、施設の行った実験と関係があるということを認めて頂けますか?」
「それは……」
「海底からあれだけの衝撃波ということは、長距離ミサイルを使用したということでしょう。このようなことが他国に知られれば、帝国は国際法違反を追及されます。長官ともあろう御方がそのことをお気づきにならない筈が無いでしょう」
「国防のために必要と思ってのことだ」
「国防のためを考えるならば、今すぐに解体のうえ、廃棄なさって下さい。そして施設の完全閉鎖を」
「ロートリンゲン大将。そのような綺麗事を言っていては、国際競争に負けてしまう。いざ戦争となれば、長距離ミサイルは必ず必要となる」
「各国と協調を取ることが戦争回避の大原則です。長官こそ、そのことはお忘れではないでしょう。長官、もし貴方の御命令で兵器を廃棄なさらないというのであれば、私はこのことを陛下に申し上げます」
   海軍長官は渋面で此方を睨み付ける。



   結局、海軍長官が折れて施設の完全閉鎖と施設内全兵器の廃棄が執行された。事故から半年経っての解決だったが、思わぬところで思わぬことが明るみに出たものだった。
   一方、ユリアには事件の真相を告げたが、フェルディナントやハインリヒには岩礁に衝突しての事故だったということにしておいた。軍の暗部までまだ知らなくて良い――そう考えてのことだった。


   それにしてもこの数年、フェルディナントの病に始まり、誘拐、それに海難事故とは肝を冷やされることばかりだな――。
「どうしたの? フランツ」
   暫く参謀本部での仕事に取りかかりきりだったため、ロートリンゲン家関連の書類が溜まり混んでいた。この日は早々に帰宅して、それらに眼を通していると、ユリアが珈琲を持って来てくれた。
「ここ数年、事件ばかりだと思ってな」
   するとユリアはくすりと笑って、それでも家族全員無事だから良いわよ――と言った。
「無事……か」
「ええ。確かにいつもひやひやしますが、皆が無事ならそれで良いと思うようになりました」
「……そうだな」
   確かにその通りだ。何やかやと言っても、私達はそうしたことを何とか乗り越えてきたのだから。

   これからも色々なことがあるかもしれないが、きっと苦難を乗り越えることが出来るだろうな――そんなことを考えながら、温かな珈琲を飲んだ。


【End】


[2010.7.30]