午後四時になって帰宅の途についた。お帰りなさい――と出迎えてくれたユリアに、ロイはまくし立てるようにテーマパークに行ったことを話し始めた。
   ユリアは良かったわね――と微笑みながら、ロイの話に耳を傾ける。そして、ロイに手洗いと着替えを促した。
「ロイが無理を言ったのでしょう。ごめんなさいね、ゲオルグ」
「いや。俺が行きたいところを聞いたんだ。ルディはまだ具合悪いのか?」
「大分楽になったみたいだけど、まだ熱が下がらないの」
「あとで部屋に行っても良いかな? 土産を買ってきたんだけど……」
   プラネタリウムのように、テーマパークを三次元映像で部屋に映し出す機械を土産に買ってきた。値は張ったが、精巧にしかも疑似体験出来るものだったから、ルディにはちょうど良いと思った。
「ありがとう。今、眠ったところだから……、そうね、6時頃なら……」
「解った」
   手洗いと着替えを済ませたロイが、ユリアの許に駆け寄って、ルディの所に行っても良いかどうか尋ねる。ユリアは、眠っているからまた後にしてね――と、首を横に振って言った。


   午後6時を過ぎて、ルディの部屋に行くと、ベッドの脇にユリアの姿が見えた。ゲオルグが来たわよ――と、ユリアが声をかける。白い小さな山が僅かに動いた。ルディは起きているのだろう。
「ルディ」
   側に歩み寄って呼び掛けると、ルディは少しだけ笑みを浮かべた。
「……大丈夫か?」
   問い掛けると、ルディはこくりと頷く。しかしその頬は赤く、眼は潤んでいた。
「今日、少し出掛けたから、ルディに土産を買ってきたんだ」
   ベッドの下に大きな包みを置くと、ルディはお土産?、と嬉しそうな声を上げた。その声は少し掠れていた。
「ありがとう。開けてみても良い……?」
   ルディは手を伸ばして箱に触れようとする。その小さな手には点滴の針が刺さっていた。こんな小さな手に何とも痛々しく見えた。
「ああ。俺が開けよう」
   荷物を持ち上げて、リボンと包装紙を解く。箱の中から現れた箱のような機械に、ルディは首を傾げた。
「ユリア。部屋を暗くしても構わないかな?」
「ええ。カーテンを閉めてくるわね」
   カーテンが閉じられると部屋が大分暗くなる。それを待ってから、電源をつける。

   瞬間、部屋の中が光で一変する。テーマパークの一角のような錯覚を起こさせる。
「わあ……!」
   起き上がろうとしたルディの身体を支える。身体はとても熱かった。それでもルディは身を乗り出して、眼の前に広がる光の映像を食い入るように見つめる。何か言いかけた途端に、咳き込んだ。
「ルディ。横になっていなくては駄目だ」
   身体を横たわらせると、ルディがそっと手を伸ばす。光の織りなす幻想を手で触れようとしたようだった。勿論、それは手で掴むことは出来ないが、ルディはとても満足しているようで――。
「ありがとう。ゲオルグ」
「喜んで貰えて嬉しいよ。早く元気になろうな」


   ルディはそれから三日間、高熱が続いた。ユリアとミクラス夫人が交替で看病していた。一日に一度はルディの部屋に様子を見にいったが、ルディはぐったりと横たわっていて、元気が無かった。
   四日目に漸く熱が下がり、それからはベッドの上で俺が買ってきたあの玩具を投影させては楽しんでいた。

「便利なものがあるのだな」
   閣下はその玩具に感心していた。美術館でも似たようなシステムがあるのですよ――と返すと、一層興味をそそられたようだった。
「ハインリヒをテーマパークに連れて行ってくれてありがとう」
   今日は閣下と食後の珈琲を一緒に飲んだ。この数日、閣下は忙しく、帰宅が日付の変わる時刻だったこともあって、あまり話をすることもなかった。
「いいえ。ロイだけ連れて行くことになるので、はじめは迷ったのですが……」
「フェルディナントの身体が良くなれば、いつでも連れて行ってやれるのだが……。私とユリアとハインリヒの三人だけでそうした場所に行くのは、やはり躊躇してしまう。色々な場所に連れて行ってやれないから、ハインリヒには博物館や美術館から招待が来た時に一緒に連れていっているのだが、それでも三人で出掛けることは無いかな」
「閣下……」
「あのテーマパークの辺りに行くと、いつもハインリヒにせがまれていたんだ。子供だからああいう場所に惹かれるのだろう」
「……ルディが早く良くなると良いですね」
   閣下は頷いて、まったくその通りだな――と呟いた。



「このボタンを押すと、映像が変わるんだよ」
   いつもより少し早く研修を終えて戻ってきたので、帰宅してすぐルディの部屋に見舞いに行った。ちょうどロイとユリアが近くの公園まで散歩に出掛けたようで、ルディはミクラス夫人と一緒に玩具で遊んでいた。
   ルディは寝間着姿のままだったが、すっかり元気を取り戻していた。ベッドの上にぺたんと座り、機械のスイッチを変えては映像が切り替わるのを喜んで眺めていた。
「ロイが乗ったって言ってた観覧車はあれ?」
   ルディが大きな観覧車を指し示す。そうだよ――と応えると、大きいね――と興味津々の態でそれを見つめた。
「……ハンブルク美術館もこれと同じ物を作ろうかと考えているところなんだ。計画が立って出来上がったら、ルディに送るよ」
   ルディは嬉しそうに笑って頷く。見て――と機械に附属していたらしいテーマパークの地図を広げて、この場所が此処だよね――と、ひとつひとつ確認していく。
   他愛のないことだが、ルディにはそれが面白いらしく、何度も何度も部屋を幻想の光で満たしていた。


[2010.7.14]