閣下やユリア、それに子供達と朝食を摂り、閣下と同じ時間に出掛ける。帝国美術院での研修会は予想以上にハードなものだった。修繕に長けた人物が居ないといっても、展示方法や企画運営には学ぶところが多い。いつも五時には帰宅出来たが、翌日のために読んでおかなければならない本があって、帝国図書館に閉館まで入り浸る毎日だった。
   それでも週末には休みを貰えた。そういう時にはルディやロイの相手をした。子供はあまり得意ではなかったが、この二人は何とも可愛らしい弟に思えた。

   ロートリンゲン家で過ごす二週目の月曜、この日は美術院での研修が休みだった。ゆっくり休みなさいな――とユリアは言ってくれたが、いつも通り七時に起きた。図書館に行ってやることを済ませてから博物館に行ってみよう――と考えていた。

   この日、朝食のテーブルにルディの姿が無かった。どうしたのだろうと思い尋ねると、昨夜、急に発熱して今日はベッド休んでいるのだという。いつも二人一緒に仲の良い姿を見ていたせいか、今日のロイはどことなく寂しそうに見えた。
「今日は休みだと言っていたな?」
「ええ。美術院で他の会議があるので休日となりました」
「折角此方に来たのだから、帝都を見て回ってくると良い。車は自由に使って構わないから」
   ありがとうございます――と応えた時、ロイが凝と此方を見ていることに気付いた。
   おそらく一緒に行きたいのだろう。今日は特にルディという遊び相手が居ないから。
「閣下。ロイを一緒に連れて行っても構いませんか?」
   食後の珈琲を飲んでいた閣下はその動きを止め、此方を見つめた。驚いているようだった。
「子供と一緒では何も出来ないぞ?」
「折角こうして4年ぶりに会えたのですから、偶には従兄弟同士というのも良いかと。ルディには少し可哀想ですが……」
   閣下はロイを見て、ゲオルグの言うことをきちんと聞けるか、と問い掛けた。ロイは眼を輝かせて、うん、と元気よく応える。
「では……、ゲオルグの言葉に甘えるとしよう」
   ユリアはロイを見て、ゲオルグから離れては駄目よ――と注意した。ロイは本当に嬉しいようで、満面の笑みを浮かべていた。

   閣下を見送り、その後、ロイは着替えて俺の許にやって来た。ユリアは少し心配そうな顔をして言った。
「迷惑にならなければ良いのだけど……」
「大丈夫だよ。眼を放しはしないから。俺が気にかかるのはルディの方だけど……。やっぱり一人だけ連れて行くのはまずいかな?」
「熱が高くて動ける状態ではないから、ある意味、ちょうど良いわ」
   ユリアは肩を竦めて言う。どうやら相当具合が悪いようだった。
「それも心配だ」
「風邪をひいて熱を出しているだけよ。いつものことだから気にしないで」
   来週にならないと起きて来られないんだよ――とロイが言う。ユリアはそうねと言って頷いた。
   昨日まであれほど元気が良かったのに――。
   否、考えてみれば昨日の夕方は少し元気が無かったか。
   可哀想だな――と二階を見上げると、ロイが行こうと手を引っ張った。

   移動は車を使うことにした。警備上の問題で、鉄道より車の方が良いとユリアに言われたからだった。
   車に乗り込むと、ロイは見送りに出た執事のフリッツやユリアに元気よく手を振る。護衛のための車が俺達の後をつけて走ってくる。このロートリンゲン家に来てからは、俺自身にも護衛が付き添っていた。距離を置いて影から見守っているから、大して気にはならないが――。


   先に図書館に行って、借りていた本を返し、別の本を借りなければならなかった。ロイにそのことを伝えると、解った、と言ってこくりと頷く。
「その後はロイの行きたいところに行こう。何処に行きたい?」
「本当に!?」
「ああ。その様子だと何処か行きたいところがあるようだな」
「うん! あのね、テーマパーク行ってみたいの」
「テーマパーク?」
   如何にも子供らしい行き先だった。何処にあるんだ――と問うと、あのね、とロイは興奮した様子で話しかける。
「植物園の近くにあるの」
   地図で検索すると、確かに植物園の裏側にテーマパークがあった。解った、と応えると、ロイは満面の笑みを浮かべて、楽しみ――と言った。

   図書館に到着し、車を降りると、ロイと手を繋ぐ。入館前に、ロイに静かにするように告げておいた。そのためか、ロイは予想以上に大人しく、俺の側からも離れなかった。借りていた本を返し、新たな本を見つけ出して貸し出しの手続きを行う。この時は両手がふさがって、ロイの手を繋ぐことは出来なかったが、ロイは俺の側にきちんと立っていた。
   大人の言うことをきちんと聞く良い子だった。こんな年齢の頃はもっと落ち着きが無いのに感心した。
   新たな本を借りて、ロイと手を繋ぎ、図書館を出る。良い子にしていたな――と声をかけると、ロイは嬉しそうにこくりと頷いた。
「では次はロイの行きたがっていたテーマパークだ」


   植物園の裏手にあるテーマパークに到着し、二人分のチケットを購入して、入園する。ロイと確り手を繋ぐ。側から離れては駄目だぞ――と念を入れて告げると、ロイはうん、と元気よく頷いた。
「ゲオルグ! あれ乗ってみたい!」
   ロイは観覧車を指して眼を輝かせた。観覧車のある方に向かい、同じように観覧車に乗ろうとしている人々の列に並ぶ。5分も待たなかった。観覧車のなかに乗り込むと、ロイは座席に上がって、外を見る。
「すごい! 人が小さく見える!」
「……もしかして観覧車は初めてか?」
   観覧車にこれほど感動されるとは思わなかった。驚いて問い掛けると、ロイは此方を見て言った。
「うん! テーマパークに来たのも初めてだよ。博物館と美術館なら連れていってもらったことあるけど」
   子供にとってテーマパークは楽しみのひとつだろうに、おそらくはルディが行けないからだろう。ロイだけを特別扱いしないために――。
   だが、好奇心旺盛のこの年代だ。様々な遊びに興じたいことだろう。ロイもルディのために我慢しているところがあるのだな――。
   そう考えると、この子も少し可哀想に思えてきた。

「よし。ロイ、次は何に乗りたい?」
「他にも乗って良いの!?」
「ああ。たっぷり遊んで、それからルディに土産を買って帰ろうな」
   ロイは溢れんばかりの笑顔で大きく頷いて、小さな指であれに乗りたい――とゴンドラを指差した。


[2010.7.10]