21.従兄弟同士



「従兄?」
   ルディとロイが大きな眼でユリアを見つめる。ユリアはええ、と微笑みながら頷いて、私のお兄様の息子なのよ――と教えた。
「母上のお兄様って、オスカー叔父様?」
「そうよ。貴方がまだ小さい頃に此処に遊びに来たことがあるけど憶えてる?」
   ルディはうん、と大きく頷いて言った。
「ゲオルグ兄上のことも憶えてるよ。玩具、直してくれたの! それからこの御部屋で一緒に絵を描いて遊んでもらったの」
   あれはまだルディが二歳の頃のことなのに、こんなに確りと憶えているものなのだろうか。頭の良い子だと祖父が言っていたが、その通りだ。
「僕、憶えてない……」
   弟のロイがしょんぼりと項垂れる。ユリアは微笑んで、まだ一歳だったからね――と優しく言った。
「ゲオルグは今日からひと月、この家に居るからね。でも二人とも、ゲオルグはお仕事で帝都に来ているのだから、お仕事の邪魔をしては駄目よ」
   はあい、とルディとロイは手を挙げる。ゲオルグ兄上、と早速二人が呼び掛けた。
「兄上というのは止めてくれ。ゲオルグで良いよ。二人とも」
   ユリアがくすりと笑う。仕方無いじゃないか、兄上なんて柄ではないのだから――。
「ねえねえ、ハンブルクの話聞かせて!」
   ルディは眼を輝かせながら問い掛けてくる。ロイもその隣で、僕も聞きたい――と賛同する。
「ルディ、ロイ。ゲオルグと大事な話があるから、もう暫く待っていてね。二階で遊んでらっしゃい」
   残念そうな顔をする二人に、後で部屋に行くよ――と告げると、二人は大きく頷いて、部屋を後にする。子供なのに扉も静かに閉める様は、やはり良家の子息といったところか。
「ルディ、よく俺のことを憶えていたな。驚いた」
「お父さんやお母さんが此方に来たことも憶えているのよ。此方の亡くなったお父様に遊んでもらった記憶も微かにあるみたいで」
「頭が良いんだろうな。それに身体も良くなったんじゃないか? 元気に跳ねていた」
「子供の頃に比べたら良くなっているわ。少しぐらいなら走っても大丈夫みたいだし……」
「そう。祖父さん達にそう言っておくよ。ルディのこと、心配していたから」
   ありがとう――と言って、ユリアはハンブルクはどう、と尋ねてきた。

「変わりないよ。皆、相変わらずだし……。閣下とユリアに宜しく伝えるようにと言付かってきたよ」
「少し前にイザベルが写真を送ってきてくれたけど、お父さんが大分老け込んで見えたから気になっていたの」
   母はユリアに度々、祖父母に手紙や写真を送っていた。また、祖父母が高齢であり、ユリアは遅く生まれた娘だったから、17歳年上の兄にあたる俺の父が、何かと親代わりを務めていた。そうしたこともあって、兄妹の仲は勿論、義姉にあたる俺の母とも仲が良かった。
「元気だよ。今も毎朝、散歩に出掛けているしね。うちの父さんより元気かもしれない」
「あら。オスカー兄さんはどうかしたの?」
「コーヒーの飲み過ぎでこの間、胃を壊してさ。水代わりに飲んでいたから当然だって皆言ってたよ」
「あらあら……。前からの癖ね。仕事が佳境に入ると、コーヒーしか飲まなくなるでしょう」
「そうそう。先月までが忙しくて、事務所に閉じこもりきりだったんだ。家にも帰って来なくて。食事せずにコーヒーばっかり飲んで、その結果、胃を壊して倒れて」
   しまった――と気付いたのはその時だった。ユリアには黙っておくように父に言われていたのだった。
「倒れたの……? もしかして兄さんの具合は悪いの?」
「あ、いや。もう回復して仕事もしてるよ。……ごめん。心配するからユリアには黙ってろって言われてたんだけど……」
「回復って……。そんなに悪かったの?」
   ユリアは心配げに問い質す。ユリアに真っ直ぐに見つめられると、嘘が吐けなくなる。子供の頃からそうだった。
「胃潰瘍だよ。コーヒーが原因だって医師にも言われた。薬で完治したから、ユリアが心配することは無いよ。珈琲で胃潰瘍になったって、祖父さんと祖母さんも呆れてたしな」
   ユリアは安堵した様子で息を吐く。気を付けるように言っておいてね――と言った。頷き返すと、ユリアはところで――と話題を転じた。
「イザベルから聞いたのだけど、帝国美術館への転出の話を断ったのですって?」
「まあね。悪い話ではなかったんだけど、もう少し技術を積みたくて……」
「イザベルがまだ間に合うから説得してくれって言ってたけど、帝都に来るつもりは無いの?」

   母とはそのことで大喧嘩をした。帝国美術館への転出は俺の技術が認められたということだから、帝国美術館に行くように――と。父は俺の好きにすれば良いと言ってくれたが――。
「これからの美術館は収集より修繕に力をいれる時期になってきたと思うんだ。国内で修繕の技術が一番優れているのは、父さんだと思う。色々な美術館や博物館を見て回ってそれを感じたんだ。以前は帝都に行きたいと思ってたけど、今は父さんの仕事をもう少し見て習いたいから……」
「そうだったの……。オスカー兄さんは修繕が趣味のような人だから、側に居れば色々なことを学べるでしょうね。……それに去年のことなのだけど、ルディとロイがフランツのお気に入りのランプを割ってしまってね。粉々になっていたのだけど、兄さんに頼んだら元通りの形になって戻って来て、フランツと一緒に驚いたのよ」
「ああ、あの派手に割れたランプ! 家に荷物がやって来るなり、嬉しそうに直していたよ」
「兄さんらしいわね」
   ユリアは笑って珈琲を飲んだ。そして、その様子だと帝都に来る気は無さそうね――と肩を竦めて言った。
「うん……。暫くハンブルク美術館で腕を磨きたいんだ。父さんの技術を全て習得したら、他の所への転出も考えるけど……」
「そう。貴方がそう決めたのなら仕方無いわね。……実は貴方に帝国美術館への転出が決まったという話を聞いて、フランツが喜んでいたのよ。帝国美術館には修繕に優れた人が居ないのですって?」
「展示方法に優れた人が居るんだけど、修繕は聞かないね。……それで俺に話が回ったのも意外だったけど……」
「貴方の腕が認められたということでしょう。フランツも貴方と色々と話をしたい様子だったわ。今晩は覚悟しておいてね」
   ユリアは笑いながらそう告げる。相当質問攻めにされるのだろうか――。閣下の美術品好きは確かに有名だが――。
「閣下は何時頃お帰りになるの?」
「会議が長引かなければ7時頃には。それまでは折角帝都に来ているのだから、色々見て回ってらっしゃい。車は自由に使って良いから」
「ああいや。歩いて行くから良いよ。それに今日は3時から帝国美術館の館長と会う約束をしていて……」


   今日からひと月の間、帝都の帝国美術院で研修会がある。
   美術院の所有する宿泊所に泊まろうとしたら、ユリアや閣下からロートリンゲン家に泊まるよう促された。その厚意に甘えて、ひと月、このロートリンゲン家に滞在することになった。


[2010.7.4]