「そのワンピースよく似合っているわよ、ユリア」
   奥様の部屋の前を通りかかった時、奥様とユリア様の声が聞こえて来た。いけないと思いつつも、思わず聞き耳を立ててしまう。
「でも、今日は他の旧領主家の方々に貴方を紹介したいから、パーティドレスを着てもらえるかしら?」
   旧領主家の方々に紹介――。
   しまった――!
   私のミスだ――。今日の演劇はバーゼルト家が主催だということをうっかり忘れていた――。

「失礼します。奥様」
   居ても立ってもいられず、扉を叩く。どうぞ、と奥様の声が聞こえてくる。扉を開け、申し訳御座いません――とすぐに謝った。
「そのお洋服で良いと言ったのは私です。バーゼルト夫人主催の演劇だということを忘れておりました。すぐに代わりのお召し物を……」
「ああ、良いのよ。アガタ。私もユリアに伝え忘れていたから……。そうねえ……、このワンピースと同じ色のドレスがあったでしょう? 持って来てくれる?」
「はい。すぐにお持ちします」
   静かに奥様の部屋を出て、ユリア様の部屋に向かう。ドレス用のクローゼットを開けて、同じ色のものを取り出す。
   そういえば――。
   ユリア様の衣装の殆どは奥様が買い揃えたものだと聞いている。フランツ様との婚約が決まってから、ユリア様に送っていたものだと。
   そうした奥様の行動から察しても、また先程のユリア様を気遣いながらの助言も、ユリア様を大切に想ってのことだろう。
   ……と、今はそんなことを考えるよりも――。


   ドレスを持って部屋に戻ると、奥様はユリア様の前に真珠とダイヤモンドをあしらった豪華なネックレスをいくつか広げていた。ユリア様の着替えが終わると、奥様はネックレスのひとつを取り上げて、ユリア様の首に飾る。それはドレスによく映えていた。
「やっぱりこれが良いわね」
   奥様は満足げに頷く。一方のユリア様は不安げに言った。
「お義母様。こんなに高価なものを私が使って、傷を付けてしまったらいけませんから……」
「構いませんよ。気にせずお使いなさい。アガタ、シンディを呼んでユリアの髪を整えてあげて頂戴」

   シンディを呼び、ユリア様の髪を整えてもらう。それから再び奥様の許に舞い戻る。奥様は満足げに頷いて、此方を見、アガタも準備を――と促した。
「はい。では失礼します」
   さてそろそろ私も準備をしよう――と着替えに向かったところ、シンディに引っ張られ、控え室に連れていかれた。どうしたのだろうと思ったら。

「アガタ。あのネックレスは奥様がユリア様にお貸しになったのかい!? それともユリア様が強請ったのかい!?」
   アリーヌが待ち受けていた様子で問い質す。奥様がお貸しになったのですよ――と答えると、使用人達がざわめいた。
   この反応は一体何なのだろう――。
「あのネックレスが何か……?」
「あれはロートリンゲン家に代々伝わるものだよ。あんた、管財人の妻のくせに知らないのかい」
「私は立ち入ったことまで夫に聞きませんよ。……あのネックレス、そんなに凄い物なんですか。確かに豪華なネックレスだったけど……」
「ついにユリア様が強請ったのだと思ったけど、違うのかい」
「違いますよ。傷を付けたらいけないからって一度はお断りになったぐらいなのだから」
「で、あのドレスは? 先刻までワンピースだったと思うけど」
「あれは私のミスです。今日はバーゼルト夫人主催の演劇だということをすっかり忘れていて……。あ、私もそろそろ着替えなくてはならないので失礼します」
   使用人達の話は尽きない様子で、私が控え室を出る時もまだ話は続いていた。
   ユリア様は皆が言うような方ではないと思うけれど――。



   この日の演劇鑑賞の後、奥様はユリア様を他家の奥様方に紹介していった。ユリア様は卒のない動作で、丁寧に挨拶をする。他家の人々はユリア様の首許にすぐ気付いて、ひそひそと語り合っていた。

   ――旧領主家の出身ではないのに、ロートリンゲン家もよく結婚を認めましたね。
   ――今の奥様も庶民の出だから、気が合うのでは……。
   ――財産目当てで近付いたに決まっていますよ。

   良い話は殆ど無かった。
   好奇心と羨望――それらが混じり合って、ユリア様に注がれていた。ユリア様は同性から見ても綺麗な女性で、そのための嫉妬心もあったことだろう。おまけにロートリンゲン家は旧領主家のなかでも1、2の財力を持つ言われている。そんなロートリンゲン家に嫁ぐことへの嫉妬心も混じっているに違いない。

   そうした嫌らしい話が耳に届いてか、ユリア様の表情が少し曇ることがあった。奥様はその都度、堂々と微笑んでいなさい――と囁いていた。


[2010.6.25]