士官学校の校門から少し離れたところに、父上の車が停めてあった。ルディの姿が見える。ルディも此方に気付いて手を振った。
「ルディ!」
   車に駆け寄る。母上とルディが暖かく迎えてくれた。
「久しぶり、ロイ。元気そうだ」
「ルディも。高校終わってすぐこっちへ? メールくれれば良かったのに……」
「驚かそうと思って」
「驚いたよ。担任が面会だって言うから、誰だろうと思って面会室に行ったら、父上が居るんだから……」
   母上が微笑して、相変わらずね、ロイ――と此方に顔を向けた。学校生活はどう――と尋ねられて、変わりないことを伝える。母上は安心した様子で笑み、久々に家族全員で食事が出来るわね――と言った。
「帝都に……帰る訳じゃないんだよね?」
「流石に2時間で往復は無理だ。この近くのレストランに予約をいれてある」
「計画したのがルディなのよ」
   母上が微笑みながら教えてくれた。ルディが先月の自分の誕生日の時、自分だけ祝ってもらうのはロイが可哀想だ――と言ったらしい。本当はプレゼントだけ贈るつもりだったことを父上が言った。
「いつまでも甘やかしてはならないとは思うが……、規則に触れない範囲内でこうして一年に一度会うぐらいなら良いかと考え直してな」
   ルディを見遣ると、ルディは笑みを浮かべた。プレゼントよりもこうして家族と会えたことの方が俺には嬉しかった。


   そうして車はレストランに到着する。学校から車で15分のところだった。庭園付きのレストランで、父上が名を告げると、ウェイターが畏まって二階へと案内する。一階席の様子が僅かに見えたが、軍服を纏った人がちらほら居た。
「これはロートリンゲン大将閣下」
   二階に到着したところで、父上が誰かに呼びかけられる。父が振り返ると、中将の階級章を付けた父と同じぐらいの年の将官が敬礼をした。
「ド・バリー中将。久しぶりだ」
「閣下こそ。此方においでとは思いませんでした。……ご家族の方々とご一緒ですか?」
「ああ。息子の誕生日祝いに此方に」
   ド・バリー中将と父が呼んだ将官は母上にまず挨拶をし、それから俺達を見遣った。ルディが挨拶をし、それからド・バリー中将は俺を見遣る。敬礼をして挨拶すると、ド・バリー中将は俺の胸にある学年章を見て言った。
「御子息は幼年コースに御在籍でしたか。閣下は将来が楽しみでしょう」
「まだまだ先の長いことだ。済まないが時間が限られているので、失礼する」
   父上は話を手短に切り上げてウェイターの案内する部屋へと向かった。其処は広い個室だった。

「此処は将官のサロンのような場所だ。士官学校と支部があるから、この辺はどうしてもそうした店が多い。……まあそのおかげで、警備は確りしているのだがな。……色々と五月蠅いから私自身、此処に来るのはそれこそ5年……いや、10年ぶりだ」
   父上の場合、士官達から昇級の推薦を頼まれるのだろう。今日はこの店が一番近いから、此処を選んだに違いない。
「まあ、今回は先程も話した通り、急に決めたことだったからな。来年はもう少し落ち着ける場所を探しておこう」
   来年の楽しみが出来た――。
   少し前までの落胆が吹き飛んでいく。来年の誕生日もまたこうして家族で過ごせる――。

   程なくして料理が運ばれてきた。家族で語らいながらの食事は楽しかった。
   時間があっという間に過ぎていった。門限が無ければ良いのに――と思わずにいられなかった。
   そして、デザートが運ばれてくる前、父上が誕生日プレゼントを呉れた。
「え!? プレゼントもあるの!?」
「随分謙虚になったものだな。ハインリヒ」
「だって、先刻の話だとプレゼントを贈る予定だったのを、会いに来てくれたっていうからてっきりプレゼントは無いのかと……」
   そう応えると、父上も母上も笑った。箱を開けてみると腕時計だった。私の誕生日プレゼントも腕時計だったんだ――とルディが言った。
「士官学校は時間に厳しいだろう。授業にも何事にも遅れぬようにな」

   楽しい時間はあっという間に過ぎた。7時30分になり、サロンを出ると、父上はまた将官に声をかけられる。済まないが息子を学校に送り届けなければならない――と言って、彼等から放れる。

   士官学校に到着したのは7時50分のことだった。
「ロイ。頑張ってね。夏の休暇にまた元気な姿を見せて」
   母上がそっと抱き締めてくれる。ルディも夏を楽しみにしているよ――と言った。
「うん。また夏に」
   父上の車を見送ってから戻ろうと思ったら、父上が早く寮に戻るよう促した。
「今日はありがとう。父上、母上、ルディ」
   そう言ってから、校門を潜って寮に戻る。

   数時間前までの落ち込みが嘘のように、足取りが軽かった。夏の休暇まであと2ヶ月。それまであと少し頑張ろうとやる気が湧いてきたような気がした。






「ロイ」
   時計を眺めて15歳の誕生日のことを思い出していたところ、ルディが現れた。ルディに覚えているか――と時計をみせると、ルディは頷いて、勿論と返した。
「15歳の時の誕生日プレゼントだ。時計の裏に名前が刻まれている」
「父上らしい凝ったデザインだったよな」
「……知らなかったか? それは父上がデザインしたものだ。私も後で母上に聞いたことだが……」
「そうだったのか!?」
「ああ。私の時計と対になっている。おまけに父から注文を受けて当時これを彫った人物が、最近になって評価されてきているらしい。そうした人物に早々と眼をつけていたことも父上らしいが……」
「父上何も言わなかったぞ。それにルディも教えてくれれば良いのに……」
「済まない。てっきり話したと思っていた」
   あの頃を懐かしむように時計を眺めていたら、ルディがところで、と話を切り出した。
「皆が待っている。下に降りよう」

   今日は俺の誕生日で、皆が祝ってくれることになっていた。
   去年は誕生日どころではなかった。アジア連邦で帝国への侵攻を今か今かと待ち受けていた。
   階下に行くと、フリッツやミクラス夫人、パトリック達が待ち受けていた。邸内でのパーティはやはり暖かくて、心地良くて、少し気恥ずかしくて――。
   俺は自分が考えている以上に、この家が好きなのだろう。父や母が居なくなっても、慕ってくれる者達が。
「皆、ありがとう」

   6月15日――。
   多分、この日は自分が再確認する日なのだろう。いくつになっても、一人で生きて入る訳ではないのだということを――。

【End】


[2010.6.15]