その後、ユリアは十日間で退院したが、フェルディナントは二ヶ月間、病院の保育器のなかで育てられることとなった。
   その間に、屋敷の総工事を執り行い、フェルディナントを迎え入れる準備を進めた。ユリアは毎日病院に通い、時間の許す限り、フェルディナントに付き添った。
   そうしてフェルディナントは一ヶ月になる頃、人工呼吸器が外れた。その翌日からよく泣くようになった。ユリアは毎日、そのことを嬉しそうに語ってくれた。

   二ヶ月になる少し前に漸く保育器から出ることが出来て、フェルディナントはユリアの腕に抱かれた。尤もそれは時間が限られてのことではあったが、そうして少しずつ保育器の外の空気に慣れさせていった。
『フランツ、首を支えてあげてね』
   初めて抱き上げた時は何か壊れやすいものを持っているようで、ひやひやした。首を支えるように抱くと言われても、上手く抱くことが出来ない。絶対に落としては駄目よ――と母が私以上に焦っていた。父も母も初孫を抱くことが出来て、とても喜んだ。

   そして二ヶ月が過ぎようとした時、医師とも相談のうえ、保育器にいれたまま家に連れ帰ることになった。
   家に到着し、保育器から外に出した時、どれだけ嬉しかったか――。

   今でもその時のことをよく憶えている。リビングルームに家族全員が集っていた。医師の立ち会いの下で、保育器から外に出した時、それまで大泣きしていたフェルディナントがぴたりと泣き止んだ。
   凝と此方を見つめ、何かを求めるように両手を動かした。ルディ、ルディ、と父や母が愛しそうに呼び掛けながら、交互に抱き合った。

   フェルディナントは呼び掛けるとよく反応を返す子供だった。じっと見つめたり笑ったりする姿に、私やユリアだけでなく父や母、使用人達も喜んだ。

   勿論、良いことばかりではなかった。発熱も頻繁だったし、高熱を出すと痙攣を起こしたり呼吸が停止したりすることもあった。医師には毎日、往診に来て貰っていた。

   それでも、ユリアと共にフェルディナントを守り、育てようと誓った。ユリアや私をひやひやさせながらも、フェルディナントはすくすくと育っていった。

   そして、フェルディナントが五ヶ月となった頃、ユリアの身体に第二子の命が宿っていることが解った。二人目はフェルディナントが一歳となってからと考えていただけに、嬉しいことではあったが驚いた。そして二人目も男児であることが解り、旧領主家の間では二人も男児が恵まれることは珍しいことであって、父や母も喜んだ。

   二人目は元気な子であってほしい――と皆が望んだ。そしてその希望通り、誕生した子はとても元気な男児だった。この子にハインリヒ――一族を統べるという意味を持つ名を与えた。





「父上、母上」
   それまでハインリヒと語らっていたフェルディナントが此方に歩み寄って来た。
「今日という日を迎えることが出来たのも、父上と母上のおかげだと思っています」
   驚いてフェルディナントを見つめると、フェルディナントはありがとうございます――と言った。
   急にそんなことを言われるとは思わず、驚きのあまり言葉を返すことが出来なかった。
「これからも身体には気を付けなさいね」
   ユリアは優しくそう告げる。私は――、何と言おうか――。
   良い言葉が思い浮かばない。
   ひとつ咳払いしてから、フェルディナントを見つめた。
「成人、おめでとう。頑張りなさい」
   我ながら何と芸のない言葉か――。
   自分自身に呆れながら、フェルディナントの姿を見つめる。子供の頃の姿とまったく違う今の姿に安堵感を覚える。

   眼を閉じると、フェルディナントが生まれた日の――、先天性虚弱だと告げられた時の絶望や悲しさを負った自分が思い返される。
「良い子に恵まれたわね、フランツ」
   そっと囁くユリアに私は笑みを浮かべて頷いた。

【End】



[2010.6.5]