16.20年



「おめでとう。フェルディナント」
   帝国暦265年5月27日――、フェルディナントは20歳を迎えた。
   ちょうどこの日は休日だったので、ハインリヒも士官学校から戻ってきて、家族全員で祝うことが出来た。フリッツやパトリック達からも祝いの言葉を告げられ、フェルディナントは嬉しそうに、少しばかり気恥ずかしそうに礼を述べていた。

   20歳――。
   何だかひとつの区切りがついた気がする。

「何を考えているの?」
   それまでフェルディナントと話をしていたユリアが隣にやって来て、腰を下ろす。フェルディナントはハインリヒやフリッツ達と話をしていた。笑いながら、本当に楽しそうに――。
「……20年かと思ってな」
   それだけでユリアは察したようで、そうね――と言って、懐かしむようにフェルディナントを見つめた。



   今より20年前の今日、帝国暦245年5月27日、フェルディナントは誕生した。
   結婚して3年目の年のことで、待望の男児だった。ユリアの懐妊が解った時、私ばかりではなく父や母、家中の者が喜んだ。おまけに男児だということが解り、後継者が出来たと喜びも一入だった。
   20年前のこの日のことは今でも鮮明に思い出される――。






   5月27日、本部で仕事を取り組んでいたところ、母からユリアが産気づいたという報せが入った。仕事もそのままで病院に向かった。安産で私が到着して二時間後に産声が聞こえた。
『男児誕生、おめでとうございます』
   担当医からその言葉を聞いた時には嬉しくて――、言葉にならなかった。そろそろ子供が欲しいと思っていた頃に出来た子供だった。名前は何と名付けようか――、候補だけはいくつか決めてあって、子供の顔を見てから決めようと考えていた。さてどの名前が良いか――、そんなことを考えながらユリアの部屋に入った。

   部屋にはユリアとユリアの出産に立ち合ったユリアの母、そして医師と看護師が付き添っていた。ユリアは子供の誕生を喜んでいるだろうと思っていた。ところが、ユリアは食い入るように医師の手元を見ていた。どうしたのだろう――。
   担当医は子供の心音を聞き、それから細い管を手にとると、子供の鼻に挿し込んだ。そして看護士から受け取った細い針を腕や足に刺し、保育器を、と看護士に命じる。
   何がどうなっているのか解らず、ただユリアと医師を交互に見つめた。何よりも驚いたのは子供の身体が血の気が通っていないかと思われる程、真っ青だったことだった。それに管を挿し込まれて苦しいだろうに、泣きもしない。
「どう……なるのですか……? 一体……?」
   ユリアが医師に問う。医師は暫く保育器で預かりながら検査をすると応えた。
「検査……? 何処か……悪いのか……?」
   医師が回答を渋ったところへ、看護士が保育器を運んできた。子供がそのなかに入れられる。また後程参ります、と言って医師が保育器と共に部屋を後にする。ユリアが子供は――とベッドから起き上がりかけた。
「大丈夫ですよ。すぐ戻って来ますよ」
   母がユリアに諭すようにそう言ったものの、あまりに物々しい出来事に、落ち着くことが出来なかった。子供、子供は――と取り乱し、泣き出したユリアを宥めていると、ユリアの母親が事の次第を説明してくれた。


   生まれて産声を上げてからすぐ、子供の呼吸が止まりかけたのだという。全身がみるみるうちに真っ青になっていき、医師が処置を施したとのことだった。
   だが、何故――。
   看護士が宥めてもユリアは取り乱したままだった。このままでは産後の身体への負担がかかるとのことで、鎮静剤を打ってもらった。程無くしてユリアは泣きながら眠りについた。
   それから一時間が経ち、医師が部屋に戻って来た。数枚の紙を私に手渡してから、医師は静かに言った。
「御子様に先天性虚弱の疑いがあります。明日には詳細な検査結果が出ますので、暫くお待ち下さい」
   先天性虚弱――。
   愕然とした。先天性虚弱の体質で生まれる子供が多いとは聞いていたが、まさか自分の子がそんな病気に罹っているとは思わなかった。

   医師は静かに説明した。この病気は遺伝性のものではなく環境によるものなのだと。出産後に母胎から外に出てから、発症が解るもので、原因は未だ不明である――と。

   そうした先天性虚弱の人々の話はよく耳にすることで、その病名を知らない訳ではなかった。ただ、まさか自分の子がその病だとは予想もしなかった。
   父も母もそしてユリアの母も言葉を失った。



   翌日は休暇を取り、病院へと行った。ユリアは眼を覚ましていた。医師から、昨日私達が受けたのと同じ説明を聞いたようだった。
「フランツ……。どうして……?」
   私がユリアの病室に行った時、ユリアは泣いていた。
「まだそうと決まった訳ではない。大丈夫だ、ユリア」
   しかし、それから一時間が経って医師がやって来て、検査結果の紙を提示しながら言った。
   先天性虚弱であることは間違いなく、それもかなり重度である――と。
「どうして……?どうして……!?」
   泣き崩れるユリアの肩を抱きながら、必死に涙を堪えた。先天的虚弱に生まれた者は、大抵が短命に終わる。それが重度である場合は、生まれて数年のうちに命を落とす確率が高い――そのことを私もユリアも知っていた。
「最善は尽くします。当病院には先天性虚弱専門の医師が居ます。彼と相談しながら、御子様の看護の方針を決めますので……」
   泣きたくて堪らなかった。同行した父も言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。


[2010.6.2]