「父は其処までして文学部に入りたいのかと呆れていたよ。だから、士官学校に入学することを決めた時、両親が一番驚いていた。本当にその選択で良いのかと母は何度も聞いていた程にね。……だがまあ、授業料も安いし、それも成績優秀者であれば免除される。奨学金も得られる。両親には迷惑をかけたくなかったから、私にとっては良い選択だったのだがな」
「……ヴァロワ卿。もしかして上級士官コースからの入学で、成績優秀者に選ばれていたのですか……?」
   ロイが驚いた様子で尋ねた。ロイがそんなに驚く理由が解らず、二人の会話に耳を傾けることにした。
「ああ。珍しいことだったらしいがな。私は奨学金が魅力だったから、毎度の試験には必死に頑張った。ハインリヒも首席卒業ということは、成績優秀者だったのではないか?」
   ハインリヒは首席入学、首席卒業という経歴を持っている。成績優秀者でもあったが、一度だけそうではない年があった。
「……一応は。謹慎処分を受けた年だけは除外されましたが」
「……謹慎処分?」
   ヴァロワ卿はそのことに酷く驚いた様子で問い返した。ロイは喧嘩をして謹慎処分を受けたことをヴァロワ卿に話した。ヴァロワ卿はそれを聞いて、成程、と苦笑しながら言った。

「元帥閣下は怒っただろうな」
「その時は拳で殴られました」
「それは痛そうだ。……だが謹慎処分を受けながら首席で卒業したということは、相当出来が良かったのだろう」
「ヴァロワ卿こそ。上級士官コースからの入学者で成績優秀者が居たなんて初めて聞きましたよ」
「その制度は幼年コースにほぼ限定されているのか?」
   ロイに尋ねると、ロイはまあ大体なと此方を見て返した。
「幼年コース出身というだけで優遇されるし、同じ試験を受けて同じ点数であっても、成績表では内申点が多めに加算される。だから成績優秀者制度というのは、殆ど幼年コース出身者のための制度のようなものなんだ。ヴァロワ卿から聞くまでは、俺も上級士官コースでの該当者が居たことを知らなかった」
「試験の時だけ必死になって勉強しただけのことだ。第一、私の場合は動機が不純すぎる。頑張った結果、成績優秀者となったのではなくて、奨学金を得るために頑張っていたのだからな」
「確か結構な額だと聞いていましたが……」
「大尉の給与と同額だからな。ハインリヒも貰ったのだろう?」
「私は父が受給を断ってしまったんです」

   そういえばそんなことがあった。成績優秀者に選ばれた――と、入学前にロイが嬉しそうに父に書類を見せていた。父は頑張ったなと一言労いの言葉をかけた後で、さらりとこう言ったのだった。
『奨学金は私から断っておく。お前には不要だ』
   充分な小遣いを与えているだろう――と父に言われては、ロイも言い返せなかった。

「それは充分な小遣いを貰っていたということだ」
「……そんなに高くなかったよな? ルディ」
「まあ、必要なものは全部買ってもらっていたから……。その分差し引かれたと考えれば……」
   学生の頃は小遣い制を敷かれていた。しかし、周囲からよく誤解されるが、私達は決して充分な小遣いを貰っていた訳ではなかった。他の学生達と変わりない小遣いか、それよりも少ないぐらいだった。尤も、学業に必要となれば惜しまず買ってくれたし、着る物も常に用意されていて不自由したことは無いが――。

   私の携帯が鳴る。取り出してみると、母上からだった。話に夢中になってしまって時間を失念していたが、9時を過ぎていた。母上はまだ宮殿に居るの――と尋ねて来た。きっと心配して電話をかけてきたのだろう。もうすぐロイと共に帰宅することを伝えて通話を切る。話し込んでしまったな――とヴァロワ卿は時計を見て言った。

「此方こそすみません。ヴァロワ卿、今度リヨンの話を聞かせて下さい」
「いつでも。フェルディナントはそういうことに興味があるのだな」
   ヴァロワ卿は笑いながら、帰り支度を始める。このまま帰るのか――と尋ねるロイに頷き返すと、ロイは立ち上がった。



   ヴァロワ卿と話していると傍と気付かされることがある。私は、おそらくロイも旧領主層に生まれたからといって、何も得をしたことはないと考えている。だが、やはり物質的には非常に恵まれているのだと思う。正直、私は大学の学費のことなど考えたことが無かった。

「なあ、ルディ」
   自宅への帰路、星の浮かび上がる空を眺めていたロイが不意に私を見て言った。
「俺達ってやっぱり恵まれてるのかな」
「そうだな……。私も同じことを考えていた」
「給与ですらフリッツに管理されて自由には使えないけど、それはもしかして俺達から金銭感覚を失わせないためなのかな……?」
「おそらくな」
   学生時代に小遣いが少ないとロイとぼやいたことがある。今になって、そのことを思い返すと気恥ずかく思える。自分の恵まれた状況に気付いていなかったということに。

   自分の世界がどんなに狭かったのかということに――。
   ふうと小さく息を吐いてから、家の門を潜った。

【End】


[2010.5.16]