週末、久々にユリアと二人きりで出掛けた。博物館を見終わった後は、予約をいれておいた眺望の良いレストランで食事を楽しんだ。
「大掛かりな展示だったわね」
「ああ。見応えがあった」
   最近になって、ユリアと二人きりで出掛ける機会が増えた。子供達も大きくなり、フェルディナントの身体の心配もなくなってきたから、二人きりで楽しむ余裕が出来てきた。

   食後の珈琲を飲みながら、不意に窓の外に眼を遣る。若い男女が歩いていた。フェルディナントよりも少し若いぐらいの年齢だろうか。
   ユリアはフェルディナントの恋人のことを知っているのだろうか――?
「ユリア」
「何か?」
「フェルディナントに……恋人が居るようだが、知っていたか?」
   ユリアは驚きもせず笑みを浮かべて、ええ、と頷いた。
「知っていたのか!?」
「ルディから聞いています。……といっても、私が聞き出したのですが」
「その相手の女性というのは、金色の癖のある髪の……」
「容姿のことは知りませんが、ティアナという名のルディと同じゼミの学生さんだそうです」
   同じゼミの学生ではないか――というハインリヒの返答は、嘘では無かったということか。尤もハインリヒもその女性が恋人だということは、知っていたのだろうが。
「お前は会ったことはあるのか?」
「いいえ。ルディから話を聞いていただけです。恋人は居ないの、とルディに尋ねた時に、ルディが教えてくれました。今年になって付き合い始めたそうですよ」
   ユリアはロイに聞いたのですか――と、逆に尋ねて来た。
「いや……。実は先日、支部からの帰りに偶然、フェルディナントの姿を見かけたのだ。今回の展示会の初日だったから、それを観に行ったのだろうとは思ったが、そのフェルディナントの隣に女性が居て……」
   するとユリアは笑って言った。
「それはティアナに間違いないわね。ペアチケットだからティアナと行くと言っていましたもの」
「そうだったのか……。流石に私も驚いたぞ」
「ルディも年頃ですよ。ロイはまだ恋人が居ないようだけど……」
「意外だった。あのフェルディナントに恋人が出来るとは……」
   ユリアは笑って、初めての恋人のようですよ――と教えてくれた。
「素敵な女性みたいよ。ルディの話を聞いていると、それがよく伝わってきます」
「……気が早いが、結婚にまで進展しそうなのか?」
「そうねえ……。私もアガタもそうなってくれると良いとよく話しているけど……」
「アガタも知っていたのか?……もしかして知らなかったのは私だけなのか?」

   皆が知っていたとなると、一人だけ疎外されたような――そんな気分になる。フェルディナントは私に一線を画しているようだから、そうだとしても仕方が無いかもしれないが――。

「いいえ、フリッツやパトリックも知りませんよ。……折を見て、貴方にはお話しようと思っていましたが、まだ付き合って一年ですし……」
   ただルディから話を聞いていると、もしかして、と思うのですよ――とユリアは言った。
「もしかして、とは?」
「ルディと相性が合っているようですし、もしかしたら卒業と同時に……という可能性も無い訳ではないか、と」
「……そうなるとその準備も進めなくてはならないではないか」
   真面目に告げると、ユリアは噴き出すように笑い出した。
「フランツ、まだ気が早いわ。ルディがきちんと貴方に、相手の女性を紹介してからでも遅くないでしょう」
「だが、お前も解っているように、旧領主家の結婚となると当人同士の了承だけでは済まないことも多々ある。それにロートリンゲン家はハインリヒに継いでもらうとはいえ、フェルディナントに屋敷のひとつでも建ててやらねばなるまい」
「それはそうだけど……。でもフランツはあの二人の会話の内容を知らないから早とちりしているのよ」
「どういうことだ?」
「相性は良いみたいだけど、恋人達の甘い会話ではなくて、政治や経済の話ばかりなの。アガタなんて、あれが恋人同士の会話ですかって呆れていたわ」

   それは――。
   フェルディナントらしいというか。そしてフェルディナントの選ぶ女性は、やはりそうしたことに関心のある女性だということか。

「兎に角、結婚に進展しそうな雰囲気になったら先に教えてくれ。ハインリヒに関してもだ」
「解りました。……でもロイはまだまだ……といったところではないかしら? 士官学校は男子学生ばかりみたいだし……」
「……入隊して本部に所属となれば、他省の官吏も居るからな。女性の多い部署もある。軍人は大体、そうして結婚する者が多い」
「二人ともどんな女性を選ぶかしらね」
「当座はフェルディナントだ。……結婚するなら早めにそうなってほしいと思うが……、フェルディナントはどうも仕事を選びそうだ」
   私がそう呟くと、ユリアはそうねと言いながらまた笑った。





   そして結局、私の予想通り、フェルディナントは仕事を選んでその女性と別れた。公使となった年のことだった。甲斐性が無いというか、フェルディナントらしいというか、何と言うか――。
   ハインリヒも一度は恋人が居たようだが、結婚にも至らず別れたようだった。
   まあ――。
   二人が選んだ女性ならば誰でも構わないが――。
   良き伴侶を見つけてほしいものだった。

【End】


[2010.4.30]