13.恋人発覚



「平日だというのに、今日は結構混み合っていますね」
   今日は午後から支部で会議があり、四時になって漸く終了し、帝都に戻るところだった。車を運転中の少将が街を見遣りながら声を掛けてきた。
   確かに人通りが多い。南の方から歩いてくる人々が多いような気がする。
「……ああ、そうか。今日は帝国博物館で催事があると……」
   招待状が届いていた。ブリテン王国が所有している宝物が今日から公開されていて、初日の今日は大広場で催事を行うと書かれてあった。平日だから行くことが出来ず、フェルディナントに招待状を渡したのだった。
   フェルディナントは見に行ったのだろうか。どうだったか、感想を聞いてみるとするか――。
「閣下も御覧になられるのですか?」
「この週末にな。流石に平日は動けない」
「週末も人が多いでしょうね。こうして見ると、比較的若者が多いように思えます」
「帝国大学が近いからな。学生達が揃って観に行っているのだろう」
   成程、と少将は頷いて信号機の表示に従い車を停止させる。
   何気なく通りを見ていると、フェルディナントの後ろ姿が見えた。見間違いかと一瞬思ったが、そうではない。あの背格好はフェルディナントだ。展覧会を観に行った帰りなのだろうか。それにしては帰宅までの道程とは逆方向だが……。

   人並みに紛れて見えづらいが、誰かと語り合っているような。それも楽しそうに。
   友人だろうか。珍しい。
   ――否。

   フェルディナントの隣に、フェルディナントと顔を見合わせて笑っているのは女性ではないか。
   もしかして――。
   もしかして、恋人なのか。あのフェルディナントが。

「閣下。どうかなさいましたか?」
「あ、いや……。何でも無い」
   フェルディナントに恋人が居る?
   そんな話は聞いたこともない。居るようにも見えなかった。
   考えてみれば最近、休日になると出掛ける回数が増えた。
   恋人が出来ていたのか――。



「お帰りなさいませ」
   帰宅するとユリアはいつも通り、私を出迎えてくれる。フェルディナントは――と尋ねると、もう帰宅していますよ、と微笑みながら言った。
「ロイから連絡があって、明日、此方に戻るとのことでした」
「……もう休暇だったか……?」
「演習前の休暇と言っていましたよ。一週間家で過ごした後は、三ヶ月間海上で訓練を行うと言っていましたから……」
「ああ、そうか。そういえば、次は演習だと言っていたな」
   ダイニングルームではフェルディナントが待ち受けていた。お帰りなさい――フェルディナントは私を見てそう言った。返事を返し、席に着くと食事が運ばれてくる。
「父上、今日は帝国博物館に行って来ました。ブリテン王国の名品展、ここ数年に無いぐらい展示品が多くて、来館者も入場口で列を為す程で……」
   フェルディナントは楽しそうに展示の様子を報告する。悪びれた様子も無いというか、いつもと変わらないというか――。


   フェルディナントももう21歳だ。恋人の一人ぐらい居ても不思議ではない。おまけにユリアに似ているのだから、女性からももてはやされているだろうし――。

   しかし何だろう。この複雑な気持ちは。

「父上……?」
「あ、いや。私達も週末に行って来る。そのような名品揃いなら楽しみだ」
   子供に恋人が出来るとこういう気持になるものだろうか。容認する気持と不安な気持、それらが合わさったような。


   フェルディナントに恋人が居る――。
   このことをユリアは知っているのだろうか。

「どうかしました?」
   寝室で茫と考えていると、ユリアが声を掛けてくる。
「ユリア……」
   ユリアに尋ねてもし知らなかったとしたら、ユリアは驚いてしまうのではないか。否、子供のことだ。あまり親が干渉することでも無い――。
「フランツ?」
「いや……。何でも無い」
「今日はお帰りになってからずっと何かを考えているようだけど……。何か悩みでも?」
   何でも無いよ――と返してから、開きっぱなしになっていた本を閉じる。ユリアは不思議そうな顔をしていたが、やがて鏡台の前で髪を解かし、ベッドに入った。
   子供のことにあまり干渉すまい――と思っていても、気になってしまう。フェルディナントとあの女性は本当に付き合っているのか。フェルディナントは結婚を考えているのだろうか。
   しかし、まだ21歳だ。結婚には少し早いか――。それにフェルディナントは官吏になると言っているのだから。

   否――。
   考えようによっては早めに結婚させて官吏の道を諦めさせるということも――。

   駄目だ。そのようなことは私が決めるべきではない。
   悶々と考えながら、この日はすぐには寝付けなかった。


[2010.4.27]