午後2時半になって、母は学校へと出掛けていった。心臓がばくばくと大きく鳴っていた。
   落第したらどうしよう――。落第どころか、学校側からもう学校に来なくて良いと言われたらどうしよう――。あまりにも欠席日数が多いから、それも充分に考えられる。
   午後3時に母が担当教員と面談をする。その場で成績が渡されて、注意や進路について話がある。大学に進学したくとも、落第したら一巻の終わりとなる。どうしよう、本当にどうしよう――。


「失礼します。フェルディナント様、ハーブティーをお持ちしました」
   ミクラス夫人が私の前にカップを置く。良い香りが漂っていたが、それを楽しむだけの余裕が無かった。
「少し落ち着いて下さいませ。むしろ、奥様が良い知らせを持ってらっしゃるかもしれませんよ」
「良い知らせ……?」
「学年首席とか。フェルディナント様のテストの点数は素晴らしい点ばかりでしたもの」
「そんなことは絶対にない。体育と化学は満点を取れなかったし、私より良い点数を取った人も多い筈だし……」
「テストを返される時に、平均点の通知は無かったのですか?」
「試験の点数について先生方は何も仰らない。きっと皆満点で、私だけが間違えて……」
「そんな筈はありませんよ、絶対に。満点なんてそうそう取れるものではありません」
「それは無いよ、ミクラス夫人。テストは簡単な問題だったんだ。私の間違えた問題も全て初歩的なミスで……。自分が情けなくて……」
   こうして考えれば考えるほど、落第するのではないかと不安になる。母は大丈夫だと言っていたが、私はきっと落第者の2割に入っている。
   ちらりと時計を見ると、午後3時を10分過ぎていた。もう母は成績を見て、担当教員と話をしているところだろう。
「私は奥様が良い報せを持ち帰られると思います」
「……今頃きっと、母上も呆れてるよ……」
「あと30分もすれば奥様が帰ってらっしゃいます。それまでは待ちましょう」

   それから一時間が経過した。
   30分程でお戻りになるでしょうとミクラス夫人は言っていたが、一時間が経ってもまだ帰って来なかった。もしかして、学校に求められて、もう退学手続きをしているのだろうか。
   私はやはり落第点を取ったのだろうか――。

「フェルディナント様。奥様のお帰りですよ」
   ミクラス夫人が階段の下から声をかけてくる。今となったら、部屋を出るのが怖かった。でも結果を聞いておかなければ――。
   部屋を出ると、階下から母がフェルディナント、と名を呼んだ。お帰りなさい――そう告げる私の声は震えていた。
   それを見て、母は微笑んで言った。
「安心なさい。充分に点数があったわよ」
「……本当に!?」
「ええ。落第どころか、学年首席ですって」
「……え……?」
「欠席については多少考慮して下さったみたいよ。でも何よりも筆記試験が抜群だったんですって。学年平均点を遙かに上回っているし、次席の生徒さんと20点も差があったらしいわ。欠席が多かったのにこんなに点数が良いということで、先生が驚いてらしたわよ」
「首席……。本当に……? 本当に私が……?」
「21科目あって、2科目以外全て満点なんて、学校はじまって以来ですって。このまま頑張れば帝国大学への進学も難しくないって仰ってたわ」
   安心した――。
   良かった。落第にならずに済んで良かった――。
「ルディ!?」
   安心したらふっと力が抜けて、その場にへたり込んだ。腰が抜けてしまった。ミクラス夫人が抱き起こそうとしたところ、フリッツが慌てて駆け寄って来て、身体を支えてくれた。
「安心して少し休みなさいな」
   眠れないほど気になっていたんでしょう、と母は優しく言った。母の指摘通り、昨晩も一昨日の晩も殆ど眠れなかった。落第を免れて、安心するとどっと疲れが押し寄せてきた。
   最高評価のついた成績表を見てから、部屋に戻って一眠りした。このまま頑張れば帝国大学に進学できる――安堵と共に嬉しかった。


[2010.2.14]