1.成績事情



   朝から落ち着かない。
   高校に入学して初めての成績表が、今日、開示される。
   今日は学校の慣例に従い休日となったが、落ち着かなかった。両親のどちらかが担当教員と面談のうえ、成績表を受け取ることになっている。母が午後3時に学校に赴く。まだ午前9時で、父が出勤したばかりだった。

   落第したらどうしよう――。
   不安ばかりが付きまとう。テストの評価は悪くないが、休みすぎた。欠席日数が三分の一以上ある。先日の試験も体調を崩して受けられなかった科目がある。その後の追試で満点を取ったが、それはどのくらいの評価になるのだろう。本試験よりは評価が劣る筈だ。それに体育の授業に至っては、半分以上も休んでいる。

   私の通う学校は、成績評価がかなり厳しい学校だと聞いている。毎年2割は落第するとも聞いている。高校に行きたいと父に頼んだら、父がこの高校を勧めてくれたが、私にはレベルが高すぎたのではないか――。
   如何に試験の結果が良くとも、出席が足りなければどうしようもない。欠席することも考えて、高校を選べば良かった――。
   落第したらどうなるのだろう。
   父はそれみたことかと呆れるに決まっている。私には学校生活は無理だったのだと。ロイが学校のテストで悪い点を採った時も随分叱られていた。私の場合、叱られるだけで済むのだろうか。学校を辞めろと言われるのではないか――。

「フェルディナント様。顔色が悪いようですが、具合でも……?」
   いつのまにか側に居たミクラス夫人が、私の額に手を遣りながら問い掛けた。熱は無いようですね――と言って、私を見つめる。
「どうしよう。落第するかもしれない」
「は?」
「学校の成績表を今日渡されるんだけど、2割は落第するって聞いてる。……私も自信が無い」
   ミクラス夫人は噴き出すようにして笑った。どうして笑うのだろう――、ミクラス夫人を見つめると、夫人は笑いを収めて言った。
「フェルディナント様のテストの点で落第していたら、全員落第してしまいますよ」
「でも出席日数が少なくて……」
「お身体のこともありますし、その点は学校側も御考慮いただけるでしょう。そのようにお顔を真っ青にして悩まれることではありませんよ」
「……でもどの授業も出席が足りないんだ。体育に至っては半分以上も欠席してる……。落第したら父上に学校を辞めろと言われるのかな……」
「まさか!大丈夫ですよ、フェルディナント様」
「せめて体育の筆記試験では満点を取ろうと思っていたのに、2問も間違えたし……。体育は実技と筆記が半々に配点されてるんだ。計算してみたんだけど筆記の96点は半とすると48点で、実技は多く見積もっても20点しかなくて……。70点以下は落第なのに、どうしても点数が足りないんだ……」
「大丈夫ですって。さあさあ、少し気晴らしにお庭でも散歩してらして下さい。考え込むのはお身体に良くないですよ」
   ミクラス夫人は頻りに大丈夫だと私に言う。どうして大丈夫だと解るのかと問うと、筆記試験の点数があれだけ良いのですからと言う。筆記試験だけで評価が決まる訳ではないのに――。

   半ばミクラス夫人に追い出される形で部屋から外に出る。何処に居ても、成績のことを考えてしまう。庭をうろうろ歩きながら、筆記試験の点数を思い出し、出席点とあわせて計算してみた。そうするとどう考えても、点数が足りない。

「具合でも悪いの?フェルディナント」
   正午になり、ダイニングルームで母と共に昼食を摂ろうとしたとき、母は私の顔を見て心配そうに言った。首を横に振ると、ミクラス夫人が落第を案じてらっしゃるみたいですよ――と横から口を差し挟む。
「落第?」
「ええ、フェルディナント様に限って落第することはありませんと言っているのに、出席が足りないことを気にしてらっしゃるようで」
   母はああ、と思い当たった様子で頷いた。そして苦笑して大丈夫よ、とミクラス夫人と同じようなことを言う。
「筆記試験は全て9割以上の点数を取っていたでしょう。欠席が多いから、多少点数は引かれるでしょうけれど、それが7割以下に落ちることはないわよ」
「……本当に?」
「ええ。安心なさい」
「でも……、点数が悪くて父上から学校を辞めろと言われないかな……」
「貴方が学校を辞めたいと、途中で投げ出したら怒るでしょうけど、お父様から辞めろと言われることは無いから大丈夫よ」
「本当に……?」
   母は頷き応える。
   だがそうは言われても――、やはり気になってしまう。同じクラスの皆は、私ほど欠席していない。それを考えると、やはり2割の落第者に入るのは私ではないかと不安になる。
   結局、昼食も喉を通らず、殆どを残してしまった。


[2010.2.13]