教官に教えて貰ったとおりに道を進むと、商店街が見えた。
   その一角にある書店は、士官学生用の教科書や参考書に加え、古典籍で溢れていた。一冊を手に取ってみる。中身を見ると欲しくなってしまって、値段を見る。だがそれは、予想以上に高額だった。
   士官学校は学費がかからない。制服は勿論、衣類も提供され、食事も三食提供されるから費用はまったくといって良いほどかからない。
   しかし、厳しい制約がある。まずは学業に専念するということで、アルバイトは一切禁止されている。寮の規約も厳守せねばならず、その規約のなかには門限に関する規定もある。午後八時以降は外出してはならない。そして外出する時には、必ず事務室に届けなければならない。
「……アルバイトを禁止されているからなあ……」
   アルバイトが出来れば、それで本を買うことが出来るが――。
   小遣いが欲しいと、親から仕送りを頼むことは気が咎められる。仕送りをしてくれると言ってくれたものの、会社経営が悪化の一途を辿っていることはよく知っている。だから頼めない。
   そうなると、残る方法はただひとつ――。

   成績優秀者となることだ。毎年、前年度の成績を対象に成績優秀者が確定される。これに選ばれると、大尉と同等の給与を貰うことが出来る。
   しかしこれは簡単な話ではない。学内で五番以内に入らなければならない。おまけに幼年コースから入学している学生は特に優秀らしい。
   だが――。
   大尉級の給与は魅力的だ。日常生活に金はかからないから、好きなだけ本を買うことが出来る。
   五番以内か――。
「……要は試験で満点を取っていれば良いということだろう」
   学内で五番以内を目指すよりは、そう考えるほうが目標が解りやすくて良い。否、最も不純な動機ではあるが。



   午後六時から開催された新歓パーティは寮のフロアごとに開かれるものだった。指定された場所に行くと、其処に居た全員が一斉に俺を見た。新入生だ――と口々に言いながら。
「これで新入生は全員集まったな」
   上級生らしい男子学生が告げる。新入生の席は此方だ――と一人に案内され、その席に着くと、扉が開いた。俺が最後に来た新入生だということは、彼は上級生なのだろう。
「さて、全員が揃ったか」
   テーブルの真ん中の席に座っていた男が立ち上がる。
「四年のカーク・バーティだ。このフロアには四年生が七名、三年生が八名、二年生が十名――そしてこのたびの新入生九名が居る」
   彼は寮の様子を簡単に説明する。それからひとつ咳払いした。
「新入生、入学おめでとう。しかし、厳しいのはこれからだぞ」
   上級生達が笑う。今年の二年は一名しか脱落しなかったぞ――と誰かが言った。
「新入生に言っておく。毎年、学校を辞めていく者が後を絶たないからな。士官学校は訓練も授業も厳しいから覚悟しておけ」
   注意事項を聞き終わると今度は自己紹介の時間となる。それに耳を傾けていると、殆どの学生は帝都出身者だということが解った。リヨン出身者は此処では俺だけだった。
「幼年コースを受験し、失敗して、漸く念願の士官学校に入校できました」
   こういう自己紹介をする者もちらほら居た。幼年コース受験者は意外に多い。俺は幼年コースからの出身者だ――と上級生の一人が言った。
「では最後の新入生、自己紹介を。一番角の310号室だったな。一人部屋の運の良い新入生だ」
   一人部屋とは羨ましい――と何人かが言った。そうか。俺は一人部屋だったのか。道理で同室の学生がいつまでも来ない筈だ。
「リヨン市立第2高校出身、ジャン・ヴァロワです。宜しくお願いします」
   簡素に挨拶を告げると、上級生席に居る一人がリヨンは遠いな――と言った。
「俺も出身地が遠いから、受験の時は大変だった。前日に帝都に入って……。しかも受験者が多いからこの近辺のホテルは何処も満室になる。……そういえば、今年の試験は難問揃いだったな。体技試験も過酷だったと聞いているぞ」
   新入生達が一様に頷いた。まったく自信が無かったという学生が多かった。こんな話を耳にすると、先程までの意気込みが薄れていってしまう。高校でさえ、中程度という位置だった俺が。
「ところで、新入生のなかで旧領主家出身者は居るのか?」
   上級生の一人が問い掛ける。しかし誰も該当しなかった。
「入学者名簿を見たが、旧領主家の名前はひとつも無かったぞ。今年もゼロということだろうな」
   上級生達が語り合う。そうした会話に、新入生の一人――俺の隣に座っていた男が、問い掛けた。
「あの……、教官のなかで旧領主家ご出身の方はいらっしゃるのですか?」
「教官には居ない。が、旧領主家と縁の深い教官も居る。その教官の講座は選択制だが取っておけよ」
   新入生達は一様に頷いた。
   何だろう。妙に違和感を覚える。旧領主家のことを何故、こんなに気に掛けているのだろう?
   新入生達は一気に上級生に色々と質問を投げかけていった。
「……何故、旧領主家のことを?」
   側に座っていた同じ新入生に問い掛けると、彼は呆れた視線で俺を見、当たり前だろう――と言った。
「卒業してからの配属、昇級すべてに旧領主家が関与してくるんだぞ。印象を良くしておかないとこの先、苦労するだろう」
   絶句してしまった。
   旧領主家が全権を握っているだと? おまけに士官学校の学生は常にそれを意識しているのか――。
   士官学校はどうも俺には理解出来ない側面があるようだ。


[2011.12.14]