「本校から帝国大学への進学者は三年ぶりだ。いや、本当におめでとう」
   合格通知を受け取った翌日、高校にその報告をすると担任教員が手放しで喜んでくれた。この高校から帝国大学の受験者は俺を含めて三人居たが、合格したのは俺だけとのことだった。こうして考えてみると、よく合格出来たものだと思う。
   また、友人達も一様に驚きながら、合格を祝ってくれた。友人の多くはリヨン大学への進学が決まっていた。
   来月には一度帝都に赴いて、下宿先を探す予定だった。そして進路も決まったことだし、卒業までの間、短期でアルバイトをしようかと思い始めていた。父は仕送りしてくれると言ってくれたが、工場の経営状況はあまり良くない。そうなると、出来るだけ両親に頼りたくなかった。
「ジャン。珈琲をいれたからいらっしゃい」
   部屋で本を読んでいたところ、下から母が呼び掛けてきた。すぐ行くよ――そう応えて、本に栞を挟み、階下に行く。テーブルの上に珈琲とマフィンが置いてあった。母の向かい側に腰を下ろして、珈琲を一口飲む。
「この家も寂しくなるわねえ」
   母はテーブルの上のバスケットのなかにあるマフィンをひとつ取って言った。
「休暇には帰ってくるよ」
   同じようにマフィンを取り、ふたつに割ってからそれを囓る。すぐ側でテレビはニュースを報じていた。
「進学するからには確り勉強なさいね、ジャン」
   何やかや言っても、最終的には父も母も応援してくれる。母に頷き返すと、テレビから帝国大学という言葉が聞こえて来た。テレビ画面に視線を向ける。

「審議会はこのたびの予算削減に対して、文学部、芸術学部、体育学部の統合および廃止という措置を講じることを発表しました。文学部は廃止、芸術学部と体育学部は統合が決定し、在学者については学部移動命令を発令、新規入学予定者については入学を取り下げることになります」
「……え……?」
   今、何と言った?
   新規入学予定者は入学を取り下げ……? 
「ちょっとジャン。これ……」
「帝国大学はこの決定に対し、意義を唱えましたが、教育省からの命令ということで……」
   入学出来ないということなのか……?
   猛勉強して合格したというのに、無効にされるのか――。
   文学部が廃止……?
「予算削減なんてどうして……。今迄一言もそんな話は出ていなかったのでしょう?」
   俺は――。
   俺はどうなるのだろう。
   今のニュースによれば、入学出来ないということになる。
   入学出来ない――進学できないということは、これから就職先を見つけなければならないのか。
「おい、ジャン。今、ニュースで……」
   この時間は工場に居る父が、家に戻ってきた。同じニュースを見たのだろう。
「俺……、どうなるんだろう……」
   父がほら見ろ、文学部など受験するからだ――と苦々しげに言っていた。旧領主に頼っているからこうなるんだ――とぼやいていたが、俺はそれを殆ど上の空で聞いていた。



   その日は茫然として、何も考えられなかった。あの後、高校からも連絡が入り、帝国大学に確認してくれたとのことだった。だが、やはり入学は取り下げとなるらしい。大学側は頻りに謝っていたとのことだが、俺にとってはそのようなことはどうでも良かった。謝ったところで、事態が変わることもないのだから。
   これからどうするのか考えなくてはならない。
   だがまだ頭の中が真っ白で、考えられない――。

「ジャン! 電話よ。帝国大学から」
「大学から……?」
   部屋で茫としていたところ、母が電話だと呼びに来た。入学取り下げに関することだろう――そう思いながら、重い足取りで階段を下り、受話器を取った。電話をかけてきたのは大学の事務部だった。このたびは大変ご迷惑をおかけしました――と型通りの謝罪を告げられる。どう応えて良いのか解らず、黙っていた。教育省からの命令となると、大学側にはどうしようも出来ないことなのだと彼等は言った。
「ただ入学試験の上位合格者については救済措置を取ることになりました。それで、貴方がそれに該当しますので……」
   上位合格者だったのか――。
   合格出来てもすれすれだろうと思っていたので驚いた。どんな救済措置を取ってくれるのだろう。
「極めて異例のことなのですが、希望するなら、士官学校上級士官コースへの入学を認めることを教育省ならびに軍務省から通達がありました。どうしますか?」
「……士官学校……?」
「今週末までに決めて、此方に連絡を下さい」
   士官学校の上級士官コース――。
   電話が終わっても、頭のなかが上手く纏まらなかった。母がどうしたの――と頻りに尋ねて来る。何が何だか自分でもよく解らないので、兎に角、今の電話の内容をひとつひとつ母に伝えた。
「上位合格者だったの……? まあそれは……。それで上位合格者だけが士官学校に入学出来る……? え、士官学校?」
   母がもう一度問い返す。頷くと、士官学校って軍でしょう――と母は眼を丸くしながら返した。
「何で文学部の学生が軍人になるのよ」
「よく解らないよ……。救済策が士官学校への入学だなんて……」
「士官学校なんて止めなさい、ジャン。良いこと無いわよ。他の学部に移ることは出来ないの?」
「出来ないみたい。士官学校だけ特例で……ということで……」
   その後、父が工場から戻ってきた。大学の事務からの話を伝えると、流石に父も驚いたようで、巫山戯た提案だ――と怒った。
「他の学部に移れということならまだしも、軍人になれとは。……ジャン、このまま就職するか、それともどうしても文学部に進みたいのなら、一年見送って来年、別の大学を受験しなさい」
「でも……、もう文学部は他には……」
「私立でも構わん。まったく腹立たしいことだ。そもそも文学部廃止の事情とは、大学を支援していた旧領主家が一家潰れたからという理由ではないか。何故、お前達学生まで共倒れしなければならん」
   支援していた旧領主家が潰れたから学部を廃止された――。そのことを俺は知らなかった。父はきっと調べてくれたのだろう。
   私立大学に行っても良い――と父は言ってくれた。これまで駄目だと一点張りだったのに。
   だが――。
「……私立には行かない。けれど、少し考えさせて」
「ジャン……」
「……いきなり士官学校と言われても、どんなところなのかよく解らないし、それに他の大学といっても俺も帝国大学の文学部しか視野になかったし……」
   一人でじっくり考えたかった。この数日で何もかもが一変してしまった。混乱するのも無理はない。



   士官学校上級士官コース。
   パソコンを使い、情報を集めてみたところ、帝国大学と肩を並べる難関だということが解った。とくにジュニアスクール卒業と同時に入学を認める幼年コースは、生半可なことでは入学出来ないらしい。だがその幼年コースの学生は、通常の上級士官コースを一年早めに修了でき、軍務省の入省時には大佐となれるとのことだった。一般的な上級士官コースでも少佐からスタート出来るらしい。
「少佐……ということは中佐、大佐、准将だから……、意外にすぐに将官となれるんだな」
   軍人の給与はかなり良いと聞いたことがある。友人の兄が少尉で、彼は民間企業よりも給与が良いと言っていた。確か彼の場合は士官学校の下級コースだったと記憶しているが――。
「……将官となるともっと良いのだろうな」
   尤も大変な職業だろうが――。
   続いて、士官学校の講義科目を見てみた。それは当然ながら、戦術や戦略、そして体力作りが基本となる。しかし、講義科目を見てみると、教養科目として文学や語学、それに歴史の講義があった。希望すれば、各国の語学を学ぶことも出来る。おまけに教養科目は意外に多い。
「へえ……」
   勿論、それら以外の科目も勉強しなくてはならないが――。
   士官学校でも文学の勉強は出来るかもしれない。
   それに――。
   成績優秀者となれば、大尉級の給与が貰えると書かれてある。士官学校は学費が免除されるうえに、全寮制で生活費もかからない。おまけに成績が良ければ給与まで貰えるとは――。
   悪くない選択かもしれない。
   そう思えてきた。


[2011.12.6]