人付き合いが悪い――と言われるようになったのは、士官学校に入学してからだった。ジュニアスクールの時も高校の時も、友人は多かった。今でもリヨンに帰った時には彼等と遊びに出かけることもある。だが、士官学校の同級生達とそうしたいとは思わなかった。彼等は常に入省してからのことを考えて動き、とても利己的で、一緒に居ると疲れてしまう。
「ジャン。週末に街に行かないか?」
   そんななかで、俺が一番親しく付き合っているのがザカ先輩だった。成人してからは週末に二人で飲みに出掛けることもあった。
   ザカ先輩は高校時代の友人と同じ感覚で付き合える唯一の人だった。
   次の休暇を終えると、俺は三年、ザカ先輩は四年となる。四年ともなると演習が多く、海に出て戦艦で訓練をすることや、実際に遠い支部で実習を行うこともあるらしい。
「良いですね。そういえば帝都の博物館で特別展が開催されるそうですよ。行きませんか?」
   帝国博物館まで此処からバスで二時間かかる。授業終了後に出掛けることは出来ないが、休日なら足を伸ばすことが出来る。今回の特別展はブリテン王国由来の宝物を展示するとあったから、期間中に一度は見ておきたいと思っていたところだった。
「面白そうだな。では土曜日の八時半にロビーで待ち合わせということで良いか?」
「そうしましょう。九時前のバスに乗り込めば、十一時までには到着出来ます」
   そうして土曜日の八時半ちょうど、ロビーに降りると間もなくしてザカ先輩もやって来た。二人でバスに乗り込み、帝都中心部へと向かう。博物館前まで到着すると、其処から既に長い列が見えた。
「……これは入場制限を布かれているのか?」
   館内の外に警備員が見える。今日が開催初日だから人が殺到しているのだろうか。
「この長さだとチケットを買って一時間は待つことになりそうですね」
「そうだな。……あ」
   ザカ先輩が入口の方を見ながら、何かに気付いた様子で呟いた。
「どうしました?」
「混雑の理由が解った」
「初日だからではないのですか?」
「それもあるが、見ろよ。ロートリンゲン家が来てる。ほら、館長のような人物と一緒に出て来ただろう」
「ロートリンゲン家って……。あの旧領主の?」

   カメラのフラッシュが一斉に放たれる。背の高い中年の男性と、女優のように綺麗な女性が博物館前の階段を下りていく。
「ああ。陸軍軍務局総司令官ロートリンゲン大将だ。大物だな」
「詳しいですね、ザカ先輩」
「否応なく情報は入ってくる。特に四年になったらな。ジャンこそ、ロートリンゲン家ぐらいは知っているだろう?」
「雲の上の方としか知りませんよ。ザカ先輩に言われるまで顔も知りませんでしたし」
「……昨日のニュース、観ていないのか?」
「ニュース?」
   いきなり話が昨日のニュースへと飛んだ。何か事件でもあったのだろうか。聞き返すと、ザカ先輩は観ていないようだなと言って教えてくれた。
「ロートリンゲン家が帝国大学への出資を決めたそうだ。それによって文学部が来年度から復活するらしい。ロートリンゲン家が文化事業だけでなく教育事業にも手を伸ばした――と昨日のニュースでは結構話題になっていたぞ」
   文学部が復活――。
   廃止されて二年が経つ。来年まで待てば、文学部に入学出来たということか。
「あと二年早く出資してくれれば廃止とならずに済んだのに、と庶民は思わずにいられませんね」
「あちらにはあちらの事情があるのだろう」
   だが、志望していなかったとはいえ、士官学校でも文学や語学を学ぶことが出来た。バルトリ教官は様々なことを教えてくれたし、入手困難な書籍はバルトリ教官を通じて、図書館が購入してくれることもしばしばあった。
   それにザカ先輩という親友も出来た。
「……今の道を後悔はしていませんよ」
「そうか」
   ロートリンゲン大将は夫人と共に車に乗り込んだ。その車が見えなくなると、入場制限が解かれて、すぐに博物館に入ることが出来た。
「俺達も入省したら、ロートリンゲン大将の部下となることもあるのかもな。ロートリンゲン大将でなくとも他の旧領主に」
   ザカ先輩が何気なく呟いた。
   まだ俺は、入省後のことを考えたことがなかった。だが確かに、旧領主家出身の将官の部下となる場合もあるだろう。
「……少し気が重いですね」
   そう応えると、ザカ先輩は苦笑混じりに頷いた。




「ヴァロワ。お前、入学してからずっと成績優秀者じゃないか?」
   三年時の二回目の定期試験が終わった。今回はトップではなかったが、何とか五番内は維持出来た。順位表を見に行った時、側に居た同級生がどう問い掛けてきた。
「まあ……。一応」
「お前、きっと入省時には本部からお呼びがかかるぞ。特に用兵学の上位者は本部に近い部署に配属されると聞くからな」
「そうなのか?」
「噂では支部に回されても、いずれ本部への異動となるとか……」
   本部か――。
   あまり興味は無い。出来ればそのまま士官学校で採用してくれれば良いが、バルトリ教官の話によれば、一度は何処かの部隊に配属することになるだろう。
「俺は海軍に配属となりたい。ヴァロワは?」
   ああ、もうそういう時期なのか――。
   同級生達の会話で気付かされる。来年には此処を卒業するのだと。
   のんびり文学書を広げていられるのもあと一年か。
「……どちらでも良いかな、俺は」
「……いつも思うが、お前は欲が無いのだな。頭が良いのに」
   いつのまにか側にいたクルマンが呆れた様子で言った。三年になり、クルマンとは部屋が分かれ、アギレラという大人しい学生と同室となった。
「陸軍でも海軍でも大差無いだろう」
「一個艦隊を指揮してみたいと思わないのか? 特にお前、用兵学が得意じゃないか」
   艦隊の指揮よりも此処で文学を教えたい――内心でそう思ったが、口にするのは止めておいた。そんなことを言ったら、反発を買いそうだ。
「まあどちらにせよ、入省したら人脈を築くのが大事だな。俺等の学年は旧領主家出身者が居なかったし、入省後が勝負となる」
「同感だ。旧領主が上官の部隊に配属されると良いな」
   同級生達が口を揃えてそう語り出す。
   此処にもう三年も所属しているが、どうしてもこういう気風には馴染めなかった。旧領主との人脈形成を本気で考えているのだろうか。彼等に媚びへつらってまで昇進したいだろうか。
   ザカ先輩と会って話したいのに、このところまったく顔を見ていない。同じフロアの四年生も不在だから、おそらく演習続きなのだろう。
   ザカ先輩はもうすぐ卒業する。卒業前に一度会いたいものだが――。
「……配属先が決まるのはいつだ?」
   不意に気にかかってクルマンに問い掛けると、クルマンはまたも呆れた顔をした。そんなことは周知の事実らしい。
「入省する一週間前に内定が出る。が、変更となることもあるから実質的に入省するまで解らないらしいぞ」
「入省する一週間前……ということは、卒業後か」
「卒業式当日だ。ヴァロワ、お前、少しぐらい軍人に興味を持ったらどうだ」


[2012.1.23]