「容態はどうなのです? 意識は?」
   ルディの運び込まれた処置室に五人の医師が入っていき、看護師が慌ただしく入退室を繰り返す。そのうちの一人を掴まえて尋ねた。彼は後程医師が説明に参りますとだけ言って、立ち去っていく。

   あまりに急なことだった。
   ルディを病院に連れて来て、受付で病状を説明している間に、ルディが姿を消した。手洗いに行ったのだろうと思い、其方に向かうと、ルディは嘔吐を繰り返していた。
   問いかけにも応じられない状態だった。慌てて、通りかかった看護師を呼び寄せ、対処してもらっている時に、ルディは倒れ込んだ。
   呼び掛けるとうっすらと眼を開けたが、質問への受け答えが出来ない。すぐに処置室に運ばれ、ルディの主治医が呼ばれた。待合室で待っている間に、ロイとロートリンゲン家に連絡を入れた。


「アンドリオティス長官!」
   ロートリンゲン家の執事のフリッツとミクラス夫人がやって来た。事情を説明したところへ、看護師が再び通りかかって、ミクラス夫人が容態を問い詰める。私は答えられません――と彼は言った。
   それから十分経っただろうか。処置室から医師が出て来た。確か、彼がルディの主治医だった筈だ。
「フェルディナント様は……? 一体、何故急に……」
   ミクラス夫人が問い掛けると、主治医のトーレス医師は厳しい顔つきで、気を落ち着けて下さい――と言った。
「突然死の兆候があります。ハインリヒ様はまだいらっしゃいませんか?」


   突然死――。
   さっと背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
   突然死。
   そんな、まさか――。


「そんな……。フェルディナント様は今日は体調が宜しかったのですよ……? 何故急に……? そんな筈は……」
「手は尽くします。……ですが今回は、以前の時よりも深刻な状態にあります。ハインリヒ様をお早く此方にお呼び下さい」


   深刻な状態にある――と、トーレス医師は言った。
   言葉が出なかった。それが何を意味しているのか――、解りたくなかった。



「フリッツ!」
   重なる足音とロイの声が聞こえる。ロイとヴァロワ大将が階段から此方の通路に現れる。
   トーレス医師はルディの容態を静かに伝えた。ロイは言葉を失い、ただトーレス医師を見つめていた。ヴァロワ大将はそっと眼を逸らし、処置室を見つめていた。



「ルディ」
   処置室のベッドの上にルディは居た。
   それは、数十分前には考えられない痛々しい姿だった。アクィナス刑務所からこの病院に連れて来た時のことを思い出しそうになる。
   ルディは人工呼吸器で口を覆われ、心電図で脈を管理されていた。鼻から細い管が挿し込まれ、剥き出しになった腕には点滴の針が深々と刺さっている。
   ロイが側に行って呼び掛けると、ルディは眼を開いた。先程よりも意識がはっきりしてきたことに、少し安堵した。
「大丈夫か……? 倒れたと聞いて心配したぞ……」
   ルディが何か言った。聞き取れず、ロイはルディの口元に耳を近付ける。
「莫迦だな……。気にするな」
   ロイはそう言って、ルディの手にそっと触れた。ミクラス夫人やフリッツが具合を問う。
   ルディは少しだけ微笑んで見せた。


「アンドリオティス大将」
   ヴァロワ大将が俺を呼んだ。病室の外へと促される。廊下の隅まで来ると、ヴァロワ大将は声を潜めて言った。
「もう暫くフェルディナントの側に居て貰えるか?」
「ええ。そのつもりですが……」
「……嫌な予感がする。フェルディナントにとってアンドリオティス大将は親友だから……、出来るだけ側に居てやってほしい」

   ヴァロワ大将が何を予感しているのかは、問うまでも無かった。俺が一番信じたくないことで、否定したいことで――。

「まさか……、そんなことは……」
「無論、私もそうならないことを祈っている」
   カチリと扉が開いて、ロイとトーレス医師が外に出て来る。トーレス医師はカルテを見ながら、ロイに言った。
   此処で出来うる限りの治療は終えているから、ルディが希望するならば、邸に連れ帰って構わない、と。
   ルディの望みを最優先するよう、トーレス医師は言った。

   ロイは俯いていた。暫くして顔を上げ、ルディの希望を尋ねる旨を告げた。
「ロイ……」
   堪らず声をかけると、ロイは涙を堪えながら首を横に振った。
「以前にも……、突然死の兆候が出て、倒れてから数日、意識不明になったことがある……。だから大丈夫だ。今回も必ず回復する」
   まるで自分に言い聞かせるようにそう言って、病室に戻るロイの姿は、酷く痛々しかった。

   結局、ルディは邸に戻ることになった。その準備が着々と進められるなか、俺はルディの側に居た。ルディは俺を見つめ、口を動かした。レオンと呼び掛けたように見えて、顔を近付ける。
「迷惑を……かけてしまった……」
「そんなことは気にしなくて良い。それよりも早く快復しなくてはな」
   ルディは笑みを浮かべるように口元を少し動かした。
「……もう少し……、私の側に、居てくれないか……?」

   不吉なものを感じざるを得なかった。いつものルディなら、明日の帰国にあわせて帰るよう促しただろう。たとえそう言われても、俺はもう少し付き添うつもりだったが――。
   ルディから、こんなことを言われるとは――。

「……ああ、勿論だ」
   もしかしたらルディは――。


[2010.8.28]