「もう少し御一緒したいのですが、九時に発つので……」
   午後八時になった時、フェイ次官が言った。明日は朝から会議があるとのことだった。
「フェイ次官。今日はお会い出来て嬉しかった」
   立ち上がり、礼を告げると、私こそ――とフェイ次官は返した。ヴァロワ卿やレオン、ロイが別れの言葉を交わす。そしてフェイ次官は迎えに来たワン准将と共に去っていった。
「レオンは明日まで此方に居るのだったな?」
   ロイが問い掛ける。レオンは頷いて、明日の朝に帰国する旨を告げた。
「朝、発つのか。だったらあまり遅くなるのも悪いな。何処か別の店にと思ったのだが……」
「今回は辞退させてもらう。ヴァロワ大将、今日はどうもありがとうございました」
   レオンはまずヴァロワ卿に礼を述べ、それからロイと私にもありがとうと告げた。
「またこうして皆で会いたいものだな」
   私が何気なく言うと、レオンもヴァロワ卿もロイも快く頷いた。
「ではレオン。私がホテルまで送っていく。ロイ、ヴァロワ卿を送っていってくれるな?」
   店の前でヴァロワ卿やロイと別れることにした。きっと二人はこれから飲みに行くのだろう。二人きりで飲みに行くのは久々の筈だ。



「今日は星が綺麗だな」
   車の中から窓を見遣って、レオンが言った。言われてフロントガラスから空を見上げてみる。本当に綺麗だった。こんなに星が綺麗な日も珍しい。
「……レオン。まだ時間は大丈夫か?」
「うん? ああ。何処か寄るところでも?」
「私の別邸が此処からそう遠くない。その庭から眺める星が綺麗なんだ」
   少し寄り道をしても良いか――と尋ねると、レオンは快く頷いた。車の目的地を変更する。

   20分程走ると、別邸に到着する。レオンは此処が別邸なのか――と、見渡して言った。
「小さな家だが、快適な場所だ。都心部なのに空気も良い」
「こんなに木々の鬱蒼としたところだとそうだろう。良い所ではないか」
「ああ。少し不便な所もあるが、気に入っている」
「今の御時世、緑に囲まれた場所ほど贅沢な場所は無いよ。……ああ、本当に星が綺麗だ」
   レオンが空を見上げる。同じように空を見上げた。

   星が煌めいていた。
   星の海とでも表現すれば良いのだろうか。
   風と共に、煌めきが増す。
   此処に居を置いてからは、夜にこうして星を眺めることも多い。空が澄んでいるからか、流れ星もよく見つけることが出来る。

   それにしても今日は満天の星空だ。
   空から降り注いでくるような――。



   暫く空を眺め、それから視線を元に戻した。
   その瞬間、くらりと眩暈に見舞われた。ずっと上を向いていたからだろうか。倒れそうになるのを踏みとどまり、少しだけ眼を閉じる。
   再び眼を開いた時、レオンが言った。
「こんなところでのんびり暮らしているとは羨ましい限りだ」
「今度、是非此方に立ち寄ってくれ。またこの国に来ることはあるのだろう?」
   応えながらも、視界が霞む。
   また眩暈が――。
   顔を上げられない。
「ルディ?」
「……済まない。少し座って構わないか?」
「どうした? 大丈夫か?」
   レオンはすぐに身体を支えてくれた。ゆっくりと庭にある椅子に腰を下ろす。静かに深呼吸を繰り返した。眩暈が起きるなど――、疲れたのだろうか。



   少し休めば治ると思っていた。それなのに、こうして座っていても一向に眩暈が止まない。むしろ、悪化していくようで――。
「ルディ。病院に行こう。酷く具合が悪そうだ」
「済まない……。頼む……。第7病院へ……」
「解った。立てるか?」
   何とか立ち上がり、車へと向かう。助手席に座るようレオンは言った。運転はレオンに任せることにして、助手席に座り、眼を閉じた。
「ルディ。今日は具合が悪かったのか……?」
「いや……」
   具合は悪くなかった。急に――、先刻から急に眩暈に襲われた。おまけに全身が鉛に包まれているかのように重い。
   おかしい――。
   こんなに急激に具合が悪くなったことはこれまでに無かった――。



   第7病院までどう走ったのか、解らない。レオンが行こうと私の身体を支えてくれた時に眼を開けた。酷い眩暈は続いていて、声を出すのも億劫だった。
   病院の中に入り、椅子に座って、具合が悪いのを堪えていたところ、今度は吐き気が襲ってきた。耐えきれなくなり、立ち上がって手洗いへと向かう。足下が覚束ず、まるでふわふわと雲の上を歩いているかのようだった。
   一体何故急に――。

「ルディ!」
   手洗いで嘔吐を繰り返していると、レオンが身体を支えてくれた。受付に行って来ると言って一旦離れていが、戻って来たのだろう。フェルディナント様、と看護師も私の名を呼んだ。背を摩り、楽な姿勢を取るように告げる。

   だが、苦しくて――。
   身体を支えることすらも出来なくなってきた。
   身体が重い。動けない――。
   苦しい――。

「ルディ、ルディ!!」


[2010.8.26]