「ロートリンゲン様。どうぞお席はあちらです」
   個室を予約しておいたレストランには、既にロイとヴァロワ卿、それにフェイ次官が待ち受けていた。遅刻してしまったことを詫びると、フェイ次官が大丈夫ですよ、お疲れ様です――と、労いの言葉をかけてきた。
「お久しぶりです。ロートリンゲン卿」
「此方こそ。お元気そうで何よりです、フェイ次官」
   フェイ次官と握手を交わし合う。彼と会うのも三年ぶりだった。確か今回は、新たな協定締結に向けての事前会議のために来訪したのだとロイが言っていた。

   そして席に着く。円卓の向かい側にフェイ次官、その左隣にロイ、その隣で私からみると左隣にレオン、右隣にヴァロワ卿が座る。フェイ次官とロイが語り合っている間に、ヴァロワ卿に挨拶をした。
「ヴァロワ卿、お久しぶりです」
「久しぶりだ。其方の生活はどうだ?」
   毎日のんびり過ごしていますよ――と返すと、それは良いとヴァロワ卿は微笑した。ヴァロワ卿の胸元には、ロイと同様、勲章がずらりと並んでいる。これだけの功績があれば、確かにウールマン卿でなくとも長官に推薦したくなるだろう。
「ところで、お二人目が出来たと伺いました。おめでとうございます。奥方と御子息もお元気ですか?」
   ありがとう――と告げながら、ヴァロワ卿は笑みを浮かべる。
「12月には娘が出来る予定だ。……が、一方のウィリーは悪戯盛りで困っているところだ。一時たりと凝としていない」
   ヴァロワ卿は肩を少し持ち上げて苦笑する。困っている、と言いながらも可愛くて仕方が無いだろうことはよく解る。以前、ヴァロワ卿の自宅を訪れた時も、良き父親ぶりが伺えた。
「また御家族で遊びにいらして下さい」
「ありがとう。フェルディナントこそ気軽に立ち寄ってくれ。山奥の別邸からは本邸よりもうちの方が近いのだろう?」
「ええ。車で10分ぐらいです。偶に、ヴァロワ卿の御自宅の前を通るのですよ。ヴァロワ卿の自宅近くに住んでいる生徒が居て、遅い時間は送っていくので……。ですがヴァロワ卿もお忙しいようで、いつも車が無くて」
   ヴァロワ卿の車はいつも敷地内の一角に置かれてある。通勤に車を使用していることはロイから聞き知っていた。
   車での通勤は、環境法の規定によって通勤者のうちの一割と規定されている。この国の官吏が車で通勤しようとすると、所属する省の長官の許可を得なければならない。長い間、ヴァロワ卿は平日を官舎で過ごし、休日を郊外の自宅で過ごしていたが、結婚してからは毎日自宅に帰宅するようになった。だが一方で、仕事が忙しく、終電に間に合わなくなる。そのため、長官であるウールマン卿の許可を得て、車での通勤を認められていた。
「平日は日付の変わる時刻に帰宅することが多い。休日なら大抵自宅に居るのだが……。そうだ。先日、私も別邸まで歩いて行けるというから犬の散歩ながらに行ってみたが、途中で道に迷ってそのまま帰宅したぞ」
「電話を下されば良かったのに。歩くと少し解りづらい道なのですよ」
   そんな話を交わしていたところへ、ワインが運ばれてくる。私のグラスにはノンアルコールのものを注いで貰い、全員のグラスが満たされたところで、三年ぶりの再会に乾杯をする。
   レオンやロイ、ヴァロワ卿の三人は常備軍の会議で度々顔を合わせるようだが、フェイ次官は、最近は国内での仕事が多いらしく、誰とも会っていなかったらしい。ロイと会うのも一年ぶりだと彼は言った。
「今日は珍しく此方に来たということか」
   ロイが問い掛けると、フェイ次官は頷いた。
「それに今日お集まり頂いた方々には先にお知らせしたいと思っていたので、ちょうど良い機会でした」
   フェイ次官は全員を見渡してそう言った。何かあったのかと問い掛けるロイに、フェイ次官は微笑する。
「10月から外務長官に就任することとなりました」
   フェイ次官の言葉に誰もが驚いた。アジア連邦では年功序列を重んじるため、フェイ次官のような若い官僚が、次官となることさえ異例のことだった。それが今度は長官とは――。
「おめでとうございます。その若さで長官とは、アジア連邦でも初めてではないのですか?」
   問い掛けると、フェイ次官はそのようです、と気恥ずかしそうな笑みを返した。
「まだあと数年は次官の筈だったのですが、外務長官が病気療養のため早期退職なさるとのことで、長官の座が空席となったのです。初めは外務次官が長官に昇られる筈だったのですが、不祥事を起こしてしまいまして……。外務省内でも随分、人事に悩んだようですが、その時、シヅキ長官が私を推薦して下さったのです」
「良かったな、フェイ。おめでとう」
   ロイの祝福に、フェイ次官はありがとうと応える。レオンやヴァロワ卿も祝福の言葉を告げた。
   料理と共に、それぞれに話が弾む。三年間の空白が埋まるかのような時間が流れる。


   ふと思う。
   私はもしかしたら人との出会いに恵まれていたのではないか――と。
   今日此処に集まった友人達だけではない。オスヴァルトやアラン、その他多くの人々に出会えた。
   彼等と出会えたことによって、私の狭い世界が開かれていった――。


「ルディ。どうかしたか?」
   一人茫と考えていたところへ、レオンが声を掛けてくる。何でも無い――と応えると、レオンは言った。
「また共和国に遊びに来ないか? 家でルディ達のことを話したら、祖母が何故、家に連れて来なかったと五月蠅いんだ。どうやらルディに会ってみたいらしい」
「私はお前を捕虜にした人間だぞ?」
「祖父母はあまり細かいことを気にする人ではないんだ。親友だと言ったら、是非連れて来いとね。テオも会いたがってる」
「フェルディナント。共和国に行く時は、夏を避けて行った方が良い。共和国の夏は半端な暑さではなかった」
   横合いからヴァロワ卿が肩を竦めて助言する。そういえば、共和国での演習は酷い暑さの中、行われたと言っていた――。
「春先が良いのでしょうね。夏は体力が落ちるから、私もあまり動けないですし……」
「……体調が良くないのか?」
   ヴァロワ卿が心配げな表情で尋ねる。毎年のことですよ――と返した。
「しかし……、体調の良くない時は無理をするなよ」
「ええ。……正直、子供の頃の身体に戻っていくような気がします。年々、暑さに弱ってしまって……」
「そうなると、夏は動かない方が良さそうだな。来年に春にでもどうだ?」
   レオンに苦笑して頷く。その傍らで、ヴァロワ卿は真剣な表情で、病院には行ったのかと問い掛けた。
「ええ。先日、定期検査を受けましたが、異常はありませんでした。きっと加齢と共に体力が無くなっているのでしょう」
「まだまだこれからだろう。ルディ」
   弱気なことを言うな、というレオンに対し、ヴァロワ卿は酷く真面目な顔になって、具合が悪い時はすぐに病院に行くようにと告げた。ヴァロワ卿は頻りに私の体調を気に掛けていた。


[2010.8.25]