「……ルディの方は?」
「私? 私はまだ独身だが?」
「結婚の予定は無いのか? その容姿だと女性が放っておかないと思うが」
   レオンはそう尋ねてから、冷えたジンジャーエールを一口飲んだ。
「残念だが、その予定は無い。どうも縁が無いようだ」
「……前に電話をかけた時、若い女性が出ただろう。彼女は?」
   そういえば一度そのようなことがあった。レオンに驚かれて――。結婚したのかとその時も問われた。
「ああ……。彼女とは別れた。去年のことだ」
「そうだったのか」
   ヴァロワ卿と違い、どうやら私には縁が無いらしい。
   去年、一年間だけ付き合った女性が居たが、結局、別れてしまった。身の回りが落ち着いてきて、そろそろ身を固めようか――と考えていた矢先に出会った女性で、一緒にいると話も弾み、素敵な女性だったのだが――。

「しかし……、ルディでも別れるのか?」
「私でもとはどういう意味だ?」
「ルディは一途そうだから浮気とは無縁だろうし、それにたとえ女性の方が浮気しても許してしまいそうだなと……」
「彼女には何の問題無い。問題があったのは私の方だ」
   そう応えると、レオンは酷く驚いた顔で私を見つめた。俺の知らないルディが居るようだと、レオンは笑ってみせる。
   どうやらレオンは勘違いしているようだった。
「言っておくが浮気ではないぞ」
「……違うのか?」
「付き合っていた間は彼女以外の女性に眼も呉れなかった。……だから、結婚まで行きかけたのだがな」
   そう話すと、レオンはさらに驚いた顔をした。だったら何故――とレオンは問い掛ける。

   別れの理由は、どちらにとっても仕方の無い事情だった。
   あれは私が彼女に結婚を申し込んだ直後のこと――。
「結婚したら子供が欲しいと彼女が言ったんだ。私もそう考えていたし、それについては異論が無かったのだが……。果たして私に子供が出来るのかどうか、疑問が生じてしまってな。念のために検査を受けたら、駄目だった」
「え……?」
「私の身体では子供が出来ない。……考えてみれば、今でも頻繁に高熱を繰り返しているのだから無理も無いことだ」
「……それが原因で別れたのか?」
「ああ。私が相手では彼女は一生、自分の子を望むことは出来ない。話し合って、互いに納得したうえで別れたんだ」
   あの時は、ミクラス夫人が私達の結婚が近いと考えていたので、別れたと告げた時には、酷く嘆かれた。御子様が望めないのなら、養子という手段もあるではないですか――と私に訴えたほどに。
「子供を望めない家庭は多いだろうに……」
   惑星衝突から300年経とうとしている今でも、人体への大きな影響のひとつに出生率の低下があげられている。ミクラス夫人やハインツ家のラードルフ小父夫婦も子供に恵まれなかった。
   健康であっても子供を得られる確率が低下しているのだから、私のような身体では尚更困難だろう。それを考えると、仕方が無いと諦めがついた。

「実子が欲しいと望む気持も解る。こればかりは仕方が無い」
   アイスティーを一口飲み、テーブルの上に置く。
「残念な結果だったが、きっと良い出会いがある」
   レオンは私を見て慰めの言葉をかける。別れた直後、ロイにも同じことを言われていた。
「ところで、レオンは?」
「残念ながら、出会いさえ無い。仕事ばかりの日々で、しかも女性が少ない職場だ」
「軍は何処も同じか」
   少し前にロイがそう言っていたことを思い出した。フリッツが頻りに結婚を促すが、軍は男ばかりだ――と。
   苦笑を返すと、レオンは肩を竦めて、ああ、と言った。
「おまけにテオに先を越されたよ」
「先を越された? ではもしかして……」
「冬に結婚が決まったんだ。相手の女性は軍部で事務員を務めている女性でね」
「その辺りは、テオの方が要領が良いということか」
「そうかもしれない。突然、会って欲しい人が居るといって、俺に紹介しに来たんだ。年内に結婚するつもりだとその時に言ってきて……」
   おかげさまでプライベートでもバタバタしているよ――とレオンは笑う。
「おめでとうとテオに伝えておいてくれ。ご家族も喜んでいることだろう」
「一方で、俺への風当たりが冷たくなったよ。お前もとっとと結婚しろとね」
「私やロイは毎日のように促されている。此方も耳が痛い話だ」
   レオンとは同い年で、何の気兼ねも無いからだろう。他愛の無い会話が弾む。
   時間はあっという間に過ぎていった。


   二人で笑いながら語らっていたところへ、対談の進行役の女性がやって来た。
   レオンとの対談は一時間設けられていた。戦争前の両国の関係から戦後に至るまで、ありとあらゆることを語ってほしいと告げられる。
「お二方は戦争前にお会いになったことはあるのですか? たとえば国際会議で……」
   はじめに進行役の女性がそう切り出した。レオンと私が戦前に出会っていたことは、一部の人々しか知らない。だが、時期的にももう全てを話して良い頃だった。レオンも此方を見て、頷いていた。
「アンドリオティス長官とは、マルセイユで初めて会った。戦争が起こった年の夏のことだった」
「マルセイユですか……?」
「私は体調を崩して療養中で、アンドリオティス長官は私的な旅行で此方に来ていた」
   本当は何らかの任務で来ていたようだが、そのことは伏せておいた。レオンがそれに気付いて微笑する。
「マルセイユの街を歩いていた時、ちょっとしたいざこざに巻き込まれてしまい、その時加勢してくれたのが、ロートリンゲン卿だった。少し話をしたところ、年齢が近いということもあってか話が合って、打ち解けた。……だが、互いに名も身分を明かしていなかったので、その時はまさかこの国の宰相とは思わなかった」
「宰相閣下は?」
   もう宰相を辞しているのだから、そう呼ぶのは止めてくれと最初に言っておいたのに、進行役の女性は再びそう呼んだ。もしかしたらその方が呼びやすいのだろうか。
「私も彼のことを何も知らなかった。だから、エスファハーンで彼が長官だと知った時、衝撃を受けた。それと同時に、酷い後悔の念に苛まれてね」
   対談は、過去のページをゆっくりと捲っていくかのようだった。話はいくらでもあったが、一時間ということもあって要所要所を掻い摘んで話した。
   戦争が起こったのが四年前――。もう四年になる。
   そう考えると、時が経つのは早いものだった。
「大変貴重なお話をありがとうございました。あの、またこのような場を設けていただいても宜しいですか?」
   彼女は真剣な顔で次回の対談を求めてきた。私もレオンも快く応じると、日程はまた打ち合わせるということを彼女が告げる。対談を恙無く終えてから、この場を後にした。


「ルディ。時間が過ぎていないか?」
「ああ。約束の時間を過ぎてしまった。先にロイに連絡をいれておく」
   足早に歩きながら、胸元の携帯電話を取り出してロイに連絡をいれる。既にフェイ次官もヴァロワ卿も待っているとのことだった。
「済まない。すぐに向かう」
   車に乗り込んで、ロイ達の待つレストランへと向かう。此処から車で20分程の場所にあって、駐車場に車を停めるとすぐに店内に向かった。


[2010.8.24]