眼の前に立ちはだかっていた男二人が、此方が攻撃をしかける前に、肩を押さえてしゃがみ込む。その隙に鳩尾に一撃を食らわせて二人を戦闘不能状態に追い込み、私の腕を掴みかけた男の身体を蹴りで薙ぎ払う。
「宰相閣下、此方へ」
   ムラト次官が私のすぐ側に駆け寄ってくる。自らの身体を楯にして私を庇い、防戦する。
   ロイの許にはレオンが居た。二人で鮮やかに一人一人を倒していく。その場から逃げようとしていた最後の一人をロイが捕らえる。
   ムラト次官は携帯電話を操作した。この場所を伝え、すぐに人員を此方に回してくれ――と告げる。通話を終えてから、私に向き直り、御無事で何よりです――と言った。
「いいえ。騒ぎを起こしてしまい申し訳無い」
「帝国の者に見えますが、お心当たりは?」
「合衆国からずっと付けられていたようです。この者達のことは見覚えも無いのですが……。彼等が狙っていたのは私で、しかも生かして捕らえるつもりだったようです」
   ロイには銃弾の雨を降らせていたというのに、私に対しては銃口を向けるばかりで発砲しようとはしなかった。一体、私を捕らえてどうするつもりだったのか――。

   ロイがレオンと共に此方に歩み寄って来る。何か話し合っているようだった。
「ルディ。大丈夫か?」
   側までやって来ると、レオンが心配げに尋ねて来た。大丈夫だ――と返すと、災難だったな、と倒れている男達を見遣って告げる。
「しかし話には聞いていましたが、宰相閣下がこんなにも腕が立つとは……。驚きました」
「彼は強いですよ。文官にしておくには惜しいぐらいに」
   レオンはそう言ってから、長旅だったな――と私に言った。
「だが異なる文化に触れるのは面白いものだ」
「ならば此方も案内のし甲斐がありそうだ。明日と明後日は俺が案内する」
「ありがたいが、折角の休暇だろう」
「休暇のうちだ。それにプライベートで動いた方が動きやすい」
   レオンはそう言って笑う。そのうち、一台の車がやって来て、10人の軍人達がレオンの前で敬礼した。レオンは事情を説明したうえで、彼等の捕縛と取り調べを命じる。軍人達の姿を見たロイが、アフラ隊だと呟いた。
「念を押して後のことはアフラ隊に任せました。宰相閣下、ロートリンゲン大将、中に入りましょう」
   ムラト次官に促され、中庭を通り、店内へと向かう。



「宰相閣下、復職を御決断下さったこと、私からもお礼申し上げます」
   席に着くと、ムラト次官がまずその話題を出した。
「貴国にはご迷惑をおかけしました。いずれ正式な形で国からの謝罪をと考えています」
「宰相閣下には皆が期待しています。外交部の方も友好条約を締結する準備を始めていると聞いています」
「ありがとうございます。在任中は私に出来うる限りのことは務めたいと思っております」
   共和国との友好条約は悪い話ではなかった。今以上に貿易を拡大出来れば、帝国が抱えている賠償金等の問題も解決出来るだろう。それに共和国と友好条約を結べば、他国とも条約を結びやすくなる。
   堅苦しい話はこれぐらいにしましょう――とムラト次官は微笑む。その時を見計らったように、グラスが運ばれてきた。ウェイターが私のグラスに酒を注ごうとする。それを辞退すると、ムラト次官がお酒はお飲みにならないのですか――と問うた。
「不躾で申し訳ありません。医師から禁止されていまして……」
「いいえ、此方の配慮が欠けていました。では今は一滴も……?」
「ええ。ですが、元々飲めない体質です」
   ムラト次官だけでなくレオンも驚いた様子で、そうだったのか――と言った。そしてロイを見遣り、ロートリンゲン大将は、と問いかける。ロイは苦笑混じりに兄と正反対です、と応えた。
「二人足して二で割ったらちょうど良い、とよく言われています」
   ムラト次官は代わりの飲み物をすぐに注文してくれた。レオンはロイにどのような酒でも飲めるのか尋ねる。酔った経験が無いとロイが応えると、私と同じだ――とレオンは笑って言った。どうやらレオンも相当、酒に強いらしい。
「それにしても……、レオンがマルセイユで会ったという人物がまさか宰相だとは思いませんでした」
   共和国の伝統料理が次から次へと運ばれてくる。オリーブやチーズ、野菜や豆のペースト、それに海の無い国だというのに魚介類も豊富に供された。
「私も驚きました。まさか共和国の軍部長官がマルセイユに居るとは思わなかったので……」
「縁とは不思議なものですな」
   ムラト次官はそう言いながら、グラスを口に運ぶ。

   今日はレオンもムラト次官も私服を着ていた。ムラト次官は話しやすい人物で、機知に富んだ返答をしてくれる。様々な料理を楽しみつつ、四人で談笑した。
   会話のなかで、レオンとムラト次官の親密さも伝わってきた。逆らえない先輩だと嘗てレオンが言っていたように、この二人は長官と次官というよりは、先輩後輩の仲だった。公私に渡り親しくしているようで、互いが互いのことをよく知っている。
「宰相達もレオン達と同じように仲の良いご兄弟だ」
   不意にムラト次官が言った。レオンに弟が居ることは知っていたが――。
「そのせいか、ロートリンゲン大将を見るといつも弟を思い出していましたよ」
   レオンは笑いながらそう返す。確かレオンの弟も軍人だと言っていたような――。
「レオンの弟は軍人だったかな?」
「ああ。今は軍本部でムラト大将にみっちり絞られているところなんだ。ルディとロートリンゲン大将が来ると言っていたら、是非会いたいと言っていてね。もし良かったら、会ってやってくれるか?」
「勿論。私も会ってみたい」
   会食はまるで友人同士のそれであるかのように、終始楽しいものだった。今後の両国の関係も上手く築けるような――そんな気がした。



   翌日、レオンは私達の宿泊しているホテルまで迎えに来てくれた。私とロイを車に乗せると、アンカラ郊外の山に連れて行ってくれた。
   其処は綺麗な水の湧き出る場所で、木々が鬱蒼と茂っていた。レオンに促されて少し歩くと、朽ちた建物らしきものが見えた。
「これは……」
   本で見たことがある。白い柱で支えられた巨大な建造物――、遙か太古の昔、確か紀元前に作られたものだということを。
「現存する最古の建物だ。元々、倒れていたものだが、それを修理して建て直したらしい」
「そんな貴重なものを、こんな身近で見ることが出来るのか……」
「惑星衝突にも耐えられたのだから、そう容易く壊れるものではないと判断してね。子供の頃は学校の見学でよく此処に来たよ」
   写真で見て知っていても、実物をこうして見ると、大分印象が違って見えるものだった。こんな大きな建物だと思わなかった。ロイも頻りに感心して、遺跡の周囲を見て回っていた。


[2010.8.6]