「国境を越えるだけでこれだけ文化に違いがあるのは面白いものだ」
   共和国に入ってから、ルディは何度か車を停め、遺跡を見て回った。この国は惑星衝突の影響が奇跡的に少なかった場所でもあり、様々な遺跡が残っている。そのためか、共和国は文化保護については帝国以上に整備されていて、予算も大幅に組まれていると聞いたことがある。これだけ残存状態が良いのも、そうした国をあげての努力が為されてのことだろう。

   この日、共和国の首都アンカラに到着した。陽が暮れかかっていた時刻だったので、すぐにホテルへと向かった。
   明日の午後には、アンドリオティス長官やムラト次官との会食が予定されている。ルディの体調も良さそうだから、予定を変更せずに済むだろう。
「追っ手は合衆国内だけか」
「だと良いが……。追って来たのが帝国の者だったから、この国でも用心しないといけないだろうな」
   ホテルのレストランで食事をしながらルディとそんなことを語り合い、この日は明日に備えて早めに休んだ。今日までの移動距離が長かったせいか、流石に俺も疲れ果てていた。



   充分な睡眠を取った後は疲労も消え失せ、爽快な気分で朝を迎えた。着替えを済ませてリビングルームに向かうと、既にルディが待ち受けていた。お早うと挨拶を交わし合ったところへ、部屋の呼び鈴が鳴る。立ち上がろうとしたルディを制し、俺が扉へと向かう。先日のようなことがあったから、迂闊にルディを外に出さない方が良いと思った。
   扉の前に居たのはホテルの従業員で、朝食を運んできた。
「ロイ。あまり気を張り詰めていると疲れるぞ」
   ルディは苦笑しながらそう言った。まったく危機感が少し薄いというか、いつも鷹揚に構えすぎだというか――。
「俺はお前の護衛も兼ねているんだ」
「それはありがたいことだが、何か生じた時に対応すれば良い。折角旅行に来ているのに、其処まで気を張り詰める必要もあるまい?」

   朝のうちはホテルの周辺を少し散策するに留め、のんびり過ごし、昼を過ぎてから約束の場所へと向かった。ルディの許に入った連絡によれば、アンドリオティス長官は昨日から此方に戻っているらしい。
「昨日から一週間、此方で休暇を取ることになったそうだ」
「では本部には今、フェイだけか」
「ハッダート大将が留守を預かっていると言っていた。私はまだ会ったことが無いのだが……」
   知っているか、と問い掛けるルディに頷き応える。本部に居ると、ハッダート大将とはよく顔を合わせる。
「何度か話をしたことはある。武勇も名高ければ、指揮能力にも長けた人物だ。アンドリオティス長官やムラト次官とも仲が良い。ムラト次官の1歳下ではなかったかな」
   共和国の上層部は結束が強い。個性的な面々が揃っているように見えるのに、アンドリオティス長官を中心に上手く纏まっている。

   アンドリオティス長官は、俺から見ると、際立って優秀な人間にも見えない。どちらかといえば、ムラト次官の方が鋭敏で、フェイでさえ難儀する。
   だが、カリスマ性というものなのだろうか。アンドリオティス長官には人を惹きつけるものがある。だからこそ、共和国は彼を長官に据えたのだろうか。
   車が約束の場所へと到着する。広い庭のあるレストランで、駐車場は敷地の一番端にあった。
   車から降りた途端、視線を感じた。

「……ルディ。どうやら待ち伏せされたようだ」
   注意を促すと、ルディも辺りを見遣った。木々がのびのびと生い茂ったこの庭園の影に、不似合いな影が蠢く。10人、いや20人か。もしくはそれ以上隠れているかもしれない。
   20人以上となると少し手に余る。況してやこの場所まで突き止めたことを考えると、相手も素人ではない。ルディに3人程の相手を頼むことが出来れば良いが、体調のことを考えるとそれも頼みにくい。
「23人のようだな。ロイ、私は身体が鈍っているから10人はきつい。残りを頼めるか?」
「3人で良い。俺の拳銃を渡すから、無理はするなよ、ルディ」
   男達がじりじりと歩み寄る。上着の内側から拳銃を取り出し、安全装置を解除する。構える振りをすると、男達が一斉に周囲を取り囲む。
「ルディ!」
   拳銃をルディにさっと渡し、前に出る。一人の鳩尾に拳を突き立てる。ところが、男はすっと身を引いて、それを交わす。どうやら一筋縄ではいかないようだ。すぐに体勢を変え、蹴りを食らわせる。両横を挟み込もうとした男二人に拳を放つ。
   ルディは大丈夫か――。
   応戦しながらルディをちらと見る。ルディは四人を相手にしていた。発砲をなるべく避けようとしているのだろう。拳銃を持っていても、それを使おうとしない。
   側でカチリと音がした。すぐさま視線を戻す。拳銃のトリガーが引かれる一瞬前、さっと身を交わす。ロイ、とルディが此方を心配して声をかけてくる。
「自分の身だけ心配していろ!」
   ルディに言い放つ間に、立て続けに銃声がすぐ側で聞こえる。身体を伏せてそれら全てを交わす。

   待て――。
   この男達は俺にだけ発砲しているような――。
   狙われているのは俺なのか?

   否、違う。それならばホテルの襲撃の時に執拗に俺を狙った筈だ。男達の狙いはやはりルディだ。ルディを生かしたまま捕らえること――おそらくそれが男達の目的だ。
   では何のために?

   眼の前に立ちはだかった男達のうち、数人が視界から消える。ルディの許に行ったのだろう。これ以上、ルディの負担を増やしては駄目だ。
「ル……」
   ルディの許に駆け寄ろうとすると、パンパン、と音が響き渡る。手許に拳銃が無い今、身を交わすより他の術が無い。
   弟は殺せ――と一人が告げる。命令を下しているということは、あの男が頭目だということか。俺よりも少し背が低く、しかし身体付きが良い。
   銃口が一斉に此方に向けられる。

   次の瞬間、前に飛び出る。男達を蹴り倒していく。拳銃を一丁奪い取る。
それを撃ち放とうとした時、背後から聞こえた銃声に、俺の側に居た男が倒れた。
   振り返ると、アンドリオティス長官とムラト次官の姿が見えた。異変に気付いて駆けつけてくれたのだろう。


[2010.8.5]