「お会い出来て光栄です」
   シヅキ長官との会食は、郊外の閑静な住宅街の一角にある料亭で行われた。途中までマスコミが追ってきたが、ロイが上手く彼等の追跡を交わし、誰にも知られず、この料亭まで辿り着くことが出来た。
   私達が到着するなり、中年の女性が現れて、奥の一室へと案内した。其処は中庭が一望出来る部屋で、華美な花こそないが、森のなかの自然を此処に移植したかのように調和の取れた緑が庭を彩っていた。耳を澄ますと鹿威しや水の流れる音が聞こえて来る。

   シヅキ長官とフェイ次官は既に部屋で待っていた。シヅキ長官は初老の男性で、国際会議で一度見かけたことがある。温厚そうな人物で、部下の信望も厚いという噂を聞いている。
   挨拶を済ませると、シヅキ長官は長旅だったでしょう――と労いの言葉をかけてくれた。
「ええ。ですが、考えていたほど長旅だったようには感じていないのです。船旅だったためか、比較的移動も楽でしたので」
「此方で観光はなさいましたか?」
「博物館と遺跡を鑑賞してきました。帝国と文化が全く異なるので、街を通るだけでも興味深いことばかりです」
「此方への滞在は明日まででしたかな?」
「ええ。明日の昼には出国します」
「今度は是非もう少し長い滞在になさって下さい。ゆっくりこの国を見て頂きたい」
「ありがとうございます。……4月から復職しますので、その前に是非一目街の様子も見ておきたいと思い、慌ただしいながらもこの時期に参りました」
「御決断頂き、此方も感謝しております」
「シヅキ長官」
   この時、ロイが長官に呼び掛けた。シヅキ長官は穏やかな表情でロイを見遣る。
「私の勝手な意向で入隊したにもかかわらず、このたびは除隊を許可していただき、感謝の言葉も御座いません。大変、ご迷惑をおかけしました」
「いずれ貴方は帝国に戻られるのだろうとは思っていました。我が国としては、貴方に留まっていただきたい気持もありますが、出国の事情が事情だったのだから、障害を阻むものが無くなった今は帝国に戻るのが筋というもの。それに貴方は帝国にとって大切な方です」
   ロイはシヅキ長官に礼を述べたことで、安堵した様子だった。


   シヅキ長官とフェイ次官と食事を交わしながらの話題は、多岐に亘った。街の様子から感じ取ったことを述べると、シヅキ長官は我が国も其処まで上手く機能している訳ではありません――と言った。
「議員達の企業との癒着や汚職は年中行事のようですし、私達官吏は議員との連携がなかなか上手く取れない。帝国も今後、課題が山積みとなるでしょう」
「そうですね。なるべく早く議会の設置にこぎつけたいものです」
   会食を終えると、迎えの車がやって来る。シヅキ長官と握手を交わして別れた。フェイ次官はこの場に残り、シヅキ長官を見送ると私達を見て言った。
「北京市内の名勝地を案内しましょう」


   フェイ次官と私はロイの運転する車の後部座席に乗り込んだ。ロイは駐車場を出ると、北京市内に向けて走り出す。
「宰相。今日はどうもありがとうございました」
「いいえ。此方こそ、有意義な時間を過ごさせてもらいました。フェイ次官はまだ連邦に?」
「今晩、専用機で帝都に戻ります。また帝都でお会いすることになるでしょう」
「まだ撤退出来そうにないのか?」
   ロイが鏡越しにフェイ次官を見遣って問う。フェイ次官はあと少しの間だとロイに応えてから私に向き合って言った。
「宰相が復職なさった翌週には、臨時本部は撤退する予定です」
「……ということは、共和国側も?」
「ええ。大きな混乱が無ければ、予定では4月7日に本部を引き上げるつもりです」
   随分早急な話だと思ったが、考えてみれば、連合国軍側は戦後半年も帝国に留まったことになる。レオンも帝都と共和国と何度も往復していた。
「宰相とは今後、国際会議の場でお会いすることになるでしょう」
   お手柔らかにお願いします――とフェイ次官は悪戯っぽく笑いながら言った。此方こそ――と返すと、ロイがフェイ、と声をかけた。
「まだ軍務省に留まっていられるのか?」
「いや、解らない。もしかしたら異動となるかもしれない」
   そういえば、アジア連邦では各省の長官と次官は文官で、各省間の異動があるということを聞いたことがある。極端な例では、それまで軍務長官だった人物が翌年に外務長官になったという事例もある。ひとつの省内での癒着を防ぐためだと聞いているが――。
「連邦ではその若さで長官は難しいか」
「シヅキ長官と座を奪い合うつもりは無いからな。これ以上、敵を増やしたくないから、異動を命じられればそれに従うまでだ」
   フェイ次官はロイの問い掛けにそう応えて笑った。ロイの言葉が暗示しているように、確かに連邦でフェイ次官のような若手が長官となることは難しい。年功序列という考え方にも一長一短があって、フェイ次官のように有能な人物が年若いからという理由だけで、年長者に座を譲らなくてはならないこともある。
   そもそも、フェイ次官が28歳という年齢で次官という立場にあること自体、この国では異例のことなのだろう。
「……ではずっと次官のままなのか?」
「当分は。たとえ長官となっても、若くては経験が足りないと一蹴されて、誰も従ってはくれない。……出来れば、このまま軍務省に留まりたいのだがな」
「希望には応じて貰えないのですか?」
   問い掛けると、フェイ次官は一応希望は出しましたよ――と応えた。
「ですが、それが認められるかどうかは議員の決めることです。議員達は私が軍務次官に留まっていることもあまり良い顔をしないので」
   フェイ次官は肩を竦めて、頭の固い人間は困ります――と苦笑混じりに言った。そして傍と窓の外を見、ロイに右折を求める。
「天気の良い日に絶景の場所があるので、其方に行きましょう」

   フェイ次官の案内してくれた場所は、北京市内を一望出来る高台だった。公園として整備されていて、博物館に展示されていた遺跡のいくつかは此処から発掘されたことをフェイ次官は教えてくれた。
   一時間程、フェイ次官と語らいながら市内を見て回った。最後にロイがフェイ次官を宿舎に送り届けた。そして別れ、私達は翌日にこの国を発った。


[2010.7.29]