私的な旅行といっても、連邦ではシヅキ長官と会食の予定が入っている。連邦と共和国に行くことをロイがフェイ次官に告げた時、フェイ次官が懇親のためにと言って、非公式での会食を依頼してきた。断る理由もなく、また私自身もシヅキ長官と話をしてみたくて、それを快諾した。
「フェイが首都北京に入ったそうだ。会食は予定通り、明日の午後ということで構わないか?」
   ロイにかかってきた電話はフェイ次官からの電話だったらしい。頷き返すと、ロイは再び受話器を翳して、了解の意を告げた。フェイ次官はこの会食のためにわざわざ専用機で一旦、此方に戻って来たらしい。
「会食の申し出が無いにせよ、俺は一度シヅキ長官に会わなければならなかったからな……。除隊をすんなり許してくれたことに礼を言わなければならないし……」
   ロイは話しながら、車を手動運転に切り替える。車がぐっと加速を始める。
「……速度を出しすぎるなよ、ロイ」
   ロイの運転技術には信頼を置いているが、どうも加速しすぎることがある。地図を駆使しながら最短距離を進む能力に長けており、初めて走る道でもまるで毎日走っているかのように迷うことも無い。
「首爾のホテルまであと3時間といったところだな」
「……ナビには4時間と表示されているが」
「3時間あれば充分だ。夕刻にはホテルに到着出来る」


   そのロイの言葉通り、3時間で首爾のホテルに到着した。チェックインを済ませて、部屋に案内してもらう。最上階の部屋で眺めも良かった。
   まだ午後5時で、このままホテルに留まるのは勿体ない気もしたが、今日は一日移動しきりで流石に疲れていた。
「今日はこのまま休むか?」
   ロイにそう言われ、頷くと、ロイは解ったと微笑んだ。とはいえ、ロイはこの程度では疲れてもいないだろう。
「私は部屋で休むから、出掛けてくると良い。何かあれば連絡する」
   するとロイは少し考え、それから顔を上げて言った。
「では2時間ほど外を散策してくる。帰ってきたら食事に行こう」
   軽くシャワーを浴びてから私は部屋で眠り、ロイはホテルの周辺を巡り歩いてきた。ロイが戻ってくるまでの間、一度も眼を覚ますことなく熟睡したようで、目覚めた時には疲労も消えていた。



「連邦は活気のある街だ」
   ロイは食前酒を口にしながら街の様子を語ってくれた。この周辺をぐるりと散策してきたらしい。その途中で見つけたという古風な雰囲気のレストランに赴き、食事を摂ることとなった。
   きっとルディは気に入る――と言っていた通り、非常に面白い店だった。何百年も前にやって来たかのような雰囲気の建物で、店員は全員、民族衣装を纏っている。料理も当時の宮廷料理を再現したものだった。
「経済大国だからな。それに経済構造も帝国と全く違う。おそらく連邦は今後も成長を続けるだろう」
   車の中から街の様子を見て、帝国との差異を感じた。帝国は今のままでは衰退していくのみであるのに対し、連邦はまだ成長途上にあるようなそんな活気を感じさせる。帝国のような旧領主層の支援に頼ることなく利益を上げられ、さらにその利益が直接国民の生活を潤す経済構造が根付いている。
   だが帝国が旧領主家を中心とした経済構造から脱却し、連邦のような経済構造で利益を得るようになるまでには相当な年数がかかるだろう。
「帝国もそれに追いついてほしいものだが……」
「今回の戦争で後れを取ってしまった。何よりも今は復興が先だ」
「どうやらお前の頭のなかは、もうある程度の形があるようだな」
   ロイはそう言って微笑を浮かべ、料理を口に運ぶ。食事を済ませた後はのんびり歩いてホテルへと戻った。


   翌朝、少し早めに起きて、首爾を出立した。此処から北京まで4時間かかる。ロイはハンドルを握り、昨日と同様に巧みにルートを選択して車を走らせる。疲れていないかと問うと、全く、という答えが返ってくる。
「俺は運転が苦にならないから、気にするな」
   確かにロイは運転を楽しんでいる風がある。私は長時間運転していると酷く疲労してしまうが――。

   車窓に映る光景が次から次へと変わる。都市的な街並みは徐々に消えていき、郊外には家々が建ち並ぶ。公園では子供達が遊んでいた。個人の営む店が並ぶ商店街には買い物最中の中年の女性の姿が多く見え、さらに西へ進むと今度は大型店舗が聳えている。其処には若者の姿が見えた。
   そうした光景が再び都市的な街並みへと変化していく。道路標識には北京までの距離が表示されていた。

「あと1時間で到着だ」
   ロイは時計と地図を見遣って言った。予定では夕刻に到着予定だったが、まだ昼の2時だった。
「ではホテルに行く前に何処かに寄り道していこうか?」
   提案すると、ロイは快く頷いた。北京には帝国博物館と同じ規模を誇る博物館がある。博物館の近くにある駐車場に車を停めてから、まず博物館に行き、次に惑星衝突前の遺跡があると名高い広場へと向かうことにした。

   博物館は噂通り、帝国と同規模で、珍しい収蔵品もあった。一階の展示室を見て回り、二階の展示室は明日訪れることにして、博物館を出て、遺跡のある場所へと向かった。博物館から歩いて20分ぐらいの場所で、街の様子を眺めながら歩いていった。

   遺跡を見てから食事を済ませて、ホテルに行くと、ロイの携帯電話が鳴った。フェイからだ――とロイは言った。きっと明日のことだろう。
「場所の変更?」
   ロイはそう言ってから此方を見た。
「解った。住所を言ってくれ。……いや、迎えは必要無い。住所さえ教えてくれれば良いから……」
   ロイにメモを手渡すと、ロイはさらりと文字を書き付ける。では明日――と言って、電話を切ってから、場所が変更になった、と私の方を見て言った。
「どうも俺達が連邦に居ることが何処からか伝わったらしい」
「それで場所が変更となったのか」
「ああ。シヅキ長官と会うことも掴まれたようで、郊外の店に変更となった。しかし何故連邦に渡ったと気付かれたかな」
「……後を追っている風も無いのだがな」
   そっと背後を確認する。何処にもマスコミの影は無い。出国したことに気付かれたとしても、シヅキ長官と会うことを知っているのは数人なのに――。
「まあ、気付かれたところでまずい話でも無い。非公式の会食というだけだからな」
   ロイの言葉に頷き返す。

   ところがホテルのロビーを歩き、エレベーターに向かう途中のことだった。宰相閣下――と、誰かが呼び止めた。振り返るなり、カメラのフラッシュが何度も瞬く。私達を部屋へ案内しようとしていた支配人が慌てて、私達の前に出て、カメラを下げるよう言った。しかし新聞記者らしい男二人は支配人の制止を振り切って、私に質問しようとした。
「済まないが、私的な旅行だ。他の方々の迷惑にもなるので、取材は一切控えてほしい」
「閣下! シヅキ長官と会談なさるというのは本当ですか?」
「私的な面会に過ぎない」
   そう応えてから、エレベーターに乗り込む。マスコミの姿が見えなくなってから、やれやれとロイは肩を竦めた。
「仕方無い。それにマスコミに追われると言っても、帝国に居る時より遙かに人数が少ない」
「まあな」
   とはいえ、ホテル側には迷惑をかける旨を後で伝えておかなければならなかった。


[2010.7.23]