クリスマスがやって来た。毎年、クリスマスには邸内でパーティを開いていたが、今年は私が公職停止期間中とのことで、そうした派手な行動は控えることにしていた。
   ところが、クリスマスに合わせて、ロイの帰還と私の回復を使用人達が祝ってくれると言った。ロイは先週、このことを聞き知っていたようだが、私は知らず、この日になって初めて知った。
   午後四時になって、ミクラス夫人が俺達をパーティルームに呼びに来た。久々に使用するその部屋は、フリッツやパトリック、他の使用人達も集っていた。

   メリークリスマスというかけ声と共にパーティが始まる。そしてクリスマスを祝う言葉と同時に、ロイの帰還や私の回復を祝う言葉も飛び交った。
「ありがとう。皆のおかげで回復出来た」
   皆に向けて礼を述べる。本当に、今、生きているのは皆のおかげだった。今日は忙しくて来てもらえなかったが、アランにもレオンにも感謝している。そしてずっと元気づけてくれたロイやミクラス夫人にも――。
「私達一同で腕によりをかけてお食事を用意しました。フェルディナント様、ハインリヒ様、沢山召し上がってくださいね」
   厨房担当のリリーが自信満々の様子で告げる。テーブルの上には私やロイの好物が並んでいた。そしてフリッツがテーブルに置いておいた瓶を手に取る。
「ハインリヒ様。このところはめっきりお飲みになってらっしゃらないでしょう」
   そう言って、ロイのグラスのなかにワインを注いでいく。私のグラスにはミクラス夫人がソフトドリンクを注いでくれた。ロイはワインを飲み、本当に久々だ――と笑う。
「さあ、フェルディナント様も召し上がって下さい。もう少し体重を増やしていただかなくては」
「この間、計ったら大分増えていたぞ?」
「私の眼にはまだ痩せ細って見えます。私の脂肪分をフェルディナント様にお渡しすることが出来たら良いのですが」
   ミクラス夫人はそう言って笑う。まったくだ――とパトリックがその隣で笑う。


   パーティルームには賑やかな声が飛び交った。ロイはフリッツやパトリック、ケスラー達と共にワインを飲んでいた。ワインが二本空いた頃、フリッツは顔を赤らめて、その場を退散した。フリッツもそれほど酒に強くはないから、ロイの相手はきついのだろう。
「フリッツ。水を上げましょう」
   ミクラス夫人が窓辺に移ろうとしたフリッツに声をかける。耳まで赤くなったフリッツは水の入ったグラスを受け取り、口に運んだ。
「ロイは父に似て酒豪だ。パトリックもいつまで保つか……」
   苦笑すると、本当に旦那様を思い出します――とフリッツは言った。
「この御屋敷に上がって、旦那様に酒を勧められて御一緒したことがあるのですが、旦那様はまったく顔色ひとつ変えずにお飲みになるので私が先に酔ってしまって。情けないことに酔い潰れて、途中から記憶が無いのです」
「旦那様がパトリックを呼んだ時には、椅子の上で眠っていたと聞いていますよ。翌日は宿酔で何も出来なかったでしょう」
   ミクラス夫人は笑いながら言って、テーブルの上の果物を皿に取り、私に手渡す。同じようにフリッツにも果物を渡した。
「父上やロイは酒に強すぎるんだ。ロイと私を足して2で割れたらちょうど良かったのだがな」
「フェルディナント様は奥様に似てらっしゃるのですよ。奥様もお酒は飲めない方でしたから。でもハインリヒ様もお身体のために少し量をお控え下さると良いのですが……」
「今日ぐらいは良いじゃないか。アガタ」
   ミクラス夫人が気に掛けるのは、父のことを思い出してのことだろう。父は深酒が原因で身体を壊した。母が亡くなってから、毎晩、寂しさを紛らわすように酒を飲んでいた。量を控えるように私やロイが言っても耳を傾けなかった。挙げ句――、倒れた。
「ロイには父のように深酒はしないよう私が注意する」
   私がそう告げると、ミクラス夫人はお願いします――と言って少しほっとしたような表情を浮かべた。その時――。

「ルディ。少し良いか?」
   ロイがいつのまにやら此方にやって来ていた。随分酒を飲んだだろうに、相変わらず顔色ひとつ変えていない。
「何だ?」
   ミクラス夫人とフリッツがパトリックの許に行く。ロイはずっと悩んでいたんだ――と肩を竦めて言った。
「どうした?」
「復職すべきかどうか。フェイ達の話を聞いてから……、否、それよりも前から悩んでいた」
「ロイ……」
「旧領主層が今のこの国において、政府中枢に居るべきではないという考えは俺もお前と同じだ。だが、この国特有の問題があって、それではこの国を建て直すのに長い時間がかかってしまう」
   ロイは私を見つめた。それから自嘲のような笑みを浮かべた。
「俺はこの国の大事の時に何も出来なかった。逃げていた。……むしろ滅んでしまえば良いとさえ思ったこともある」
「……私がお前の立場でもそう考えただろう」
「だがそれでも気分は晴れなかった。この国に戻ってきて、ルディと再会して漸く眼が覚めた。同時に情けなかった。ルディやヴァロワ卿は最後まで戦っていたのにな。俺はずっとそのことを後悔してきた」
「私こそ何も出来なかった。今、この国があるのはヴァロワ卿をはじめとする軍人達のおかげだ」
「お前は皇帝に進言した。それにアンドリオティス長官を逃がした。そうでなければ、きっと全面戦争になっていた。……ルディ、俺は今度こそこの国のために働きたいと思っている」


   ロイが何を決意したのかは明白だった。
   最近、ずっと一人で考え込んでいることには気付いていたが――。

「俺は帝国軍に戻る。そして、常備軍司令官の指名も受ける。それはこの国にとって、有利に働くことだ」
「……そうか……」
「それと……、俺が軍に戻るもうひとつの理由がある。ルディ、お前にも宰相として戻ってほしいんだ。たとえ短い期間でも良い。この国のために」
「ロイ……」
「この国は、本当は俺よりもお前の力を必要としている。だが、俺が軍に戻らずお前に復職を求めたとしても、お前も納得しないだろう」
「……ロイ、私は……」
「解っている。お前の言いたいことも解る。だが、この混乱を処理する間だけでも宰相として復職してほしい。オスヴァルトに権限が無いとすれば、お前にしか出来ないことだ。ルディ、お前ならきっとこの国の新たな道を切り開いてくれると信じている」
   考え直してくれ――。
   ロイは私にそう言った。

   決して酒に酔っての言葉でないことは、ロイの眼を見れば明らかだった。ロイは本当に決意したのだろう。
「ヴァロワ卿にも復職を求めるつもりだ。ヴァロワ卿の力も必要だからな」
   私は何となく予感していた。ロイは軍に戻るだろうことを。
   レオンやフェイ次官によって与えられたこの国の好機を、ロイはみすみす逃さないだろうと。全てはこの国のために。
「ルディには先に話しておこうと思ったんだ。今日この場で、皆に伝える前にな」
   ロイはそう言って微笑してから、背を正し、皆、そのまま聞いてくれ――と言い放った。

「私は帝国軍に戻ることにした。そのうえで、新たな仕事の任命も受けることになる。暫く忙しい状況が続くことになるが、今後とも宜しく支えてくれ」

   ロイの突然の宣言は、全員の拍手によって称えられた。


[2010.7.3]