クルギ大将――。
   名を聞いたことがある。アジア連邦軍の海軍指揮官として名を馳せている人物だ。その人物が何故ロイを――。
「戦争勃発前に連邦で大規模な軍事演習を行った折、ロイがクルギ大将の艦隊を鮮やかに打ち負かしたのです」
   成程、そういうことか――。
   私が納得する傍らで、ヴァロワ卿が大したものだとロイに称賛を贈る。ロイは困った顔をして、では何故帝国からの輩出なんだ――とフェイ次官に問い返した。
「それは俺が調整したこと。ロートリンゲン大将はいずれ帝国軍に戻る身だ――と会談の場で発言したんだ。合衆国側は帝国側からの2人目の輩出に、初めは異を唱えたが、今は納得している」
「フェイ。復職の意志は無いと、俺は軍を辞めるとずっと言ってきた筈だが……」
「それはこの話を聞いてからにしてほしい。宰相、ヴァロワ大将。この帝国側からの輩出は異例と捉えて頂きたいのです。そのため、拒めば帝国からの輩出は望めなくなります」
「代理を立てることは出来ないということか?」
   問い返すと、フェイ次官は頷く。

   困った事態となった。拒めば帝国は国際的な地位を今以上に低下させることになる。だが、ロイもヴァロワ卿も復職の意志は無い。
「……卑怯な方法ではないのか? フェイ」
   ロイがそのことに気付いてフェイ次官にそう言った。
「俺達を引き出すための策のように見えてならないが……」
「ロイ。おそらくそうではない。結果としてそうであっても、これは連邦と共和国が帝国に配慮してのことだ」


   常備軍に名を連ねることは、それも敗戦国でありながら二人も指名が来ているということは、連邦と共和国――もっと具体的に言うならフェイ次官とレオンが、今後の帝国に期待をかけてくれたからに他ならない。
   そしてもし帝国がこの常備軍に加わることが出来なければ、国際的な立場が今以上に弱くなる。そうなれば経済にも影響を及ぼす。
「ルディ……」
「それに加えて、宰相。貴方にもどうか復職願いたいのです。今後のこの国に期待を寄せるにしても、今のままでは内政処理も出来ない状態。聞けば、副宰相には宰相と同じ権限があるといっても、それは皇帝命令を受けてのことであるとのこと……。そのため今の副宰相は何も決定権が無い。しかし、宰相には皇帝不在の時は臨時に皇帝命令権と同じ権限を発動させることが出来ると聞いています。つまり、この状況は貴方にしか解決出来ないことです」
「私は皇帝によって既に解任された身だ」
「だがその後、皇帝は宰相を置いていない。権力を一手に集中させるためだったのでしょうが……。貴方以降、宰相を置いていない以上、また貴方が不当に解任されたのは先日の裁判でも万民が認めるところであるのだから、貴方は今でも宰相である筈です」
   フェイ次官と話をしていると、どうも彼のペースに巻き込まれそうになる。それに此方にとって痛いところを突かれる。
「フェイ次官。貴方の話も尤もだと思う。だが、この国は帝政を廃し、新たな一歩を踏み出そうとしている。そんな時に、帝政を支えてきた旧領主家出身の私が、再び権力を握るとなると時代が逆行してしまうのではないだろうか? 多少時間がかかっても、この場は国民からの選挙要求が出るまで待った方が良いのではないか?」
「いいえ。帝国はこれまでずっと選挙の無かった国家です。……勿論、議会はありますが、それは連邦や共和国のそれとは全く違う。旧領主家と関わりの無い人間は、まず議員になることは出来ない。そのため、国民の政治に対する関心も非常に低いのです。帝政が長く続くなかで、国民は政治に対し無知になってしまった。ですから今の時期は、国民を引っ張る強い指導者が必要なのです」
「……その指導者が権力を得て、今度は自分が皇帝に立とうとしたらどうする?」
「ルディ……」
   ロイが驚いて私を見る。ありえないことではないだろう――と返した。
「そのための常備軍です。それに宰相、私は貴方がそれを望むとは思えません」
「人というものは権力を手に入れると変わる。……私はそれを恐れている。私自身がそうだったからな」
「……お前の場合は少し違うだろう」
「いや……、同じことだ。権力は謂わば魔物。弱い人間は簡単に喰われてしまう。……皇太子の指名を受けた時、それがよく解った。自分の内部で、さらなる高みを目指そうとする自分に気付いてしまったのだ。権力さえあれば、自分の思い通りに何でも動かすことが出来る――と」
   ロイにそう返すと、ロイは黙り込んだ。沈黙を破ったのはレオンだった。
「ルディの願いは、ゆくゆくはこの国に民主制を取り入れることだろう。ならばそれは独裁とは言えないさ」
「いや。上から指示されての民主化は途中までは成功しても、国民の意識改革までの時間が長すぎて、結局は上層部だけの政治となりがちなんだ。だから民主化するには国民からの力が必要となる。レオンやフェイ次官が言うのは上からの民主化であって、私は正直にいうと、あまり賛成出来ないんだ」
   私の返答にフェイ次官が黙り込んだ。きっと納得してもらえただろう――そう思っていたら。
「……新議会の設置まででも復職していただくことは出来ませんか? 先にもお話したように、事務処理にも司令塔が居ない状態です。どうか、そのことをもう一度再考願いたいのです」


   そして、話は再び常備軍の話へと戻った。
   フェイ次官はロイとヴァロワ卿に復職のうえ、常備軍司令官となることを求める。ロイもヴァロワ卿も無言で書類を眺めていた。
「ヴァロワ大将にもロイにも是非、常備軍の人員に加わっていただきたいと私は考えています」
   レオンがヴァロワ卿に強くそれを要請する。その時、ヴァロワ卿は書類をテーブルに置いて言った。
「私は侵略を指揮した身。このような大役を引き受けることは出来ません。……それに今は満足に歩くことも出来ない状態。これでは指揮も執れません」
「各司令官は国内から隊員を指名することが出来ます。ヴァロワ大将が実戦に出向く必要も無いことですので……」
   動けずとも大丈夫だということを、レオンは示唆する。しかしヴァロワ卿は承諾しなかった。
「もし帝国軍で私の代わりの将官を立てることが出来るなら、推薦しましょう。常備軍指揮官に相応しい人間が何人か居ます」


   話は平行線のままだった。
   レオンもフェイ次官も頻りに私達に復職を求める。ヴァロワ卿もロイもそして私も、一様にそれを辞退した。
   三時間ぐらい話をしただろうか――。
   レオンとフェイ次官は再考を求めながら、帰っていった。


[2010.6.22]