「では宰相の具合も良くなったのか」
   裁判から10日が過ぎ、フェイに呼ばれて宮殿に行った。屋敷を出る時はマスコミからの質問を交わすのが大変だった。ルディの具合から、マリのことやら、彼等は根掘り葉掘り聞きたがる。宮殿まで近いとはいえ、これでは外を歩くことも出来なくて、ケスラーに車を出してもらって宮殿までやって来た。
「ああ。まあ風邪が少し長引いた程度だったからな。ヴァロワ卿も明日、退院だそうだ」
「手術をしても感覚が戻らなかったとは聞いているが……」
「義足も考えたようだが、片足でも普段の生活に支障は無いと言っている。昨日見舞いに行ったら、片足での生活に慣れるためなのだろうが……、病院のフロアや階段を行ったり来たりしていた」
「不便には違いないだろう。これまで両足で行動出来ていたが、それが出来なくなったのだから……。慣れるには相当な時間がかかる筈だ」
   フェイはそう言ってから、書類に署名を施し、席を立った。ソファに座るよう促す。

「……それで、何の用で俺を呼んだんだ?」
「宰相とお前、それにヴァロワ大将を招いて一席設けてほしいんだ。アンドリオティス長官と俺を合わせた5人で話をしたい」
「……復職の話なら断ると思うぞ」
「その辺りを何とかしてもらえないか。場所は何処でも構わん」
「ヴァロワ卿もルディからも良い返事は貰えないが、それでも良いのか?」
「此方からも再度要請したうえで、大事な話をしたい」
「大事な話……?」
「その時に話す。お前とヴァロワ大将、それに宰相の居る場で話したいことだ」
「解った。……では場所はロートリンゲン家でも構わないか? 四六時中、マスコミに見張られているが、ルディがまだあまり外出出来る身体ではないから……」
「ああ。そうしてもらえるとありがたい。マスコミには宰相の見舞いということにしておく」
   大事な話とは何だろう――。
   復職に絡むことだろうとは思うが、それなら何故この場で教えてくれないのか。
「出来れば来週中にでも頼みたい。構わないか?」
「ああ。来週なら大丈夫だろう。ヴァロワ卿にも伝えておく」
「済まないが、頼む」
   フェイは相変わらず忙しそうに次から次へと舞い込む書類に眼を通していた。この場に長居しては迷惑だろう――そう考えて、帰宅する旨を告げると、フェイは顔を上げて言った。
「ロイ。お前はロートリンゲン家の管理だけで終わる人間ではない筈だ。お前だけでなく、宰相やヴァロワ大将も。国民の反応をお前も肌で感じているだろう。……本気で復職を考えてくれ」
「何度も言った。俺に復職の意志は無い」
「最早お前の意志だけで動くことは出来なくなったということだ。お前に軍服を脱ぐことを許可したのは、帝国軍に回帰させようと考えてのこと。これについてはシヅキ長官からも許可を得ている。ロイ、お前や宰相、ヴァロワ卿はこの国にとって必要な人間だ。……否、必要不可欠というべきか」





   帝国軍は今、ウールマン卿とヘルダーリン卿の許で組織再編が行われている。戦争での人的損害が大きい上にフォン・シェリング派の急先鋒達が一斉に辞職したことで、再編には苦労しているようだった。
   それでも――、帝国のなかでは上手く纏まっている省だと言える。
   俺が軍に戻れば、ヘルダーリン卿は長官を辞すだろう。以前、そのようなことを言っていた。今後の軍のためにも、旧領主層である俺は戻らない方が良い。

   だがルディは――。
   ルディは必要とされている。ルディの代わりが居ない。
   解っている。ルディがこの国でどれだけ必要とされているかは。

   今となっては政府だけではない。マスコミがこぞってルディの功績を取り上げたために、国民がルディに期待を寄せている。宰相として復帰してくれないだろうか――と。その証拠に、記者達が俺を見るたび、ルディの復帰がいつになるのか尋ねて来る。

   だがルディに復職の意志は無い。俺が復職を求めたとしても、応じないだろう。侵略という罪を犯した身だと、ルディもヴァロワ卿もよく口にする。
   もしルディを復職させようとするなら――。
   俺自身も復職しなければならないのではないか。そんな気がする。ルディは俺が復職しない限りは絶対に復職しない。
   だが――。


   フェイとの話を終えて、ケスラーの待つ駐車場へと向かう。マスコミにフラッシュを何度も浴びせられながら、門を何とか通過して邸内に入る。
「お帰りなさいませ、ハインリヒ様」
   フリッツが出迎えてくれる。上着を預けると、ルディがリビングルームに降りて来ていることを教えてくれた。
   着替える前にリビングルームに行くと、ルディは此方を見て、お帰り、と言った。テレビを観ていたようだった。

   屋敷のなかにはこのリビングルームにしかテレビは無い。子供の頃からテレビよりも活字に親しんできたこともあって、俺もルディもあまりテレビを観ない。一日に一度か二度、ニュースを観る程度だった。
「珍しいな。報道番組とは」
「戦争の様子をカメラに収めてあってな。連邦の番組だが……」
   記者は被害の様子を伝える。ルディはそれを記憶するかのように凝と見つめていた。
「……お前もこの場に居たのだろう?」
「……俺は作戦本部でフェイの護衛に当たっていて、部隊には加わらせてもらえなかった」
「そうだったのか……。フェイ次官はおそらく元帝国軍であるお前のことを考えて、戦わせなかったのだろうな」
「それも一理あるだろうが……、フェイのことだ。戦後のことまで計算していたのだろう」
   ルディは苦笑して、そうかもしれないな――と返す。その時、司会者が言った。
   このような侵略戦争は二度と起こしてはならないし、周辺諸国が今後の帝国を見届けなければならない――と。
   ルディは何かを考えるようにテレビ画面を見つめた。番組は既にエンディングが始まっているのに、ルディは一点を見つめていた。
「ルディ」
   呼び掛けると、傍と気付いた様子でルディは此方に顔を向ける。テレビを消して、どうした、と問い返す。
「来週、フェイとアンドリオティス長官とヴァロワ卿をこの家に招くつもりなのだが、構わないか?」
「ああ。フェイ次官とはこの間もあまり話が出来なかったからな」
   ルディは快く応じてくれた。考えてみたらルディはこういう人間だった。復職の話を持ちかけられることは解っていても、それが嫌だからと言って会うのを拒むことはしない。
「フェルディナント様、ハインリヒ様、お食事の支度が整いました」
   ミクラス夫人が呼びに来る。ルディはゆっくりと立ち上がった。
「ハインリヒ様! まだ着替えてらっしゃらないではないですか!」
   ミクラス夫人に指摘されて、この時になって気付いた。そういえば、帰宅してそのままこの部屋に来たのだった。お帰りになったら着替えて下さいと言っているではないですか――と注意するミクラス夫人に、言い返す言葉も無く肩を竦めると、ルディが笑う。

   考えることや為すべき事が山積しているが――。
   何となく日常を取り戻したかのような、そんな気がした。


[2010.6.13]