皇帝の裁判は予想以上に長くなり、私の裁判まで30分の休憩を挟むこととなった。ロイが傍聴席の私の許に来る。控え室に戻ろう、とロイは車椅子を動かした。
「具合は大丈夫か?」
「ああ。話を聞いていただけだから何とも無い」
   控え室に戻ると、ロイがワン大佐に呼ばれて部屋から出て行く。
   今回の裁判は侵略行為を裁く初の国際裁判となる。皇帝は禁錮刑に驚いていたが、禁錮3年はむしろ甘いほどではないだろうか。

「閣下」
   横合いから呼び掛けられて顔を上げると、共和国軍の軍服を纏った若い男が立っていた。何処かで見た顔で、記憶の糸を探る。誰だっただろうか――。
「共和国軍軍本部所属、アスラン・ラフィー少将と申します。お顔の色が優れない御様子ですので、開廷までの間、此方で横になって下さい」
「……ラフィー少将……? もしかしてシーラーズで……、長官の身代わりに捕虜になると言った……」
   ラフィー少将は微笑を返し、憶えていて下さいましたか――と言った。
「君とハリム少将のことはよく憶えている。あの時の自分の行為がどれほど卑劣だったか、思い知らされたからな」
「ありがとうございます。長官から閣下のお話は伺っております。苦渋の選択だったのだろうと長官は仰っていました。それに被害を拡大させないためにも将官の捕虜を要求したのだと」
「いや……。私はもっと早く行動に出なければならなかった。そうすれば被害を出すこともなく、戦争を防げた」
「……やはり長官の仰っていた通りの方だとお見受けします。閣下、少しお休み下さい。まだ15分ほど休憩出来ますので……」
「ありがとう。大丈夫だ」
   ちょうど其処へロイが戻ってくる。ラフィー少将はロイに敬礼し、ロイも敬礼を返す。ロイは私の隣に腰を下ろして言った。
「皇帝は弁護士を通じて、異議申し立てを行ったそうだ」
「……そうか……」
「俺からすれば甘いぐらいの量刑だと思うのだがな。皇帝は禁錮刑が気に入らなかったらしい」
「皇帝はもう帰ったのか?」
「ああ。フォン・ルクセンブルク家に身を寄せたいと言っているようだが、連合国軍側はそれを許可しなかったからそれにも怒っているようだ。此処から一番近い西拘置所に居る」
「拘置所か……」
「お前の居たアクィナス刑務所とは正反対の所だ。施設は新しいし、きちんと食事も出る。それに皇帝は其処で特別待遇だからな。お前が気に病むことは何も無い」
   ロイはそう言ってから、時計を見た。あと5分で開廷するな。そろそろ行こうか――と、ロイは側に置いておいた車椅子を私の側に寄せた。ロイに支えられながら立ち上がり、車椅子に腰を下ろす。
「閣下。御健闘をお祈りします」
   部屋を出る前、ラフィー少将が私にそう言った。ありがとう――と述べて、大広間に向かう。



   皇帝の裁判の時と同様、傍聴席は満席だった。被告人席に着く。ロイは先程と違い、私の弁護人席に着いた。
   裁判長が開廷を告げる。
   そして、裁判官によってこれまでの経過が読み上げられる。帝国宰相としてシーラーズ攻略を指揮したこと、それが私の裁判の焦点となるだろう。
   裁判官が語った経過は概略的なものではあるが、間違いは無かった。それを問われて、間違いは無い旨を応えると、裁判長は頷く。その直後、レオンが手を挙げた。
「裁判長、審議を始める前に、シーラーズ攻略後の宰相の動向について申し上げたいことがあります」
   裁判長は頷いて、どうぞ、と発言を促した。
「以前、メディアを通じての会見で話したことですが、シーラーズ攻略後、宰相は捕虜となった私を逃がすために尽力し、その結果、皇帝の不興を買い、テルニにあるアクィナス刑務所に収監されていました。皇帝は彼に懲役50年を課し、彼はそれに抗うこともなく刑に服していたこと、また皇帝に最後まで反戦を訴えていたのが彼であることを御考慮頂きたく思います」
   レオンは私を擁護するつもりなのだろう。
   だが、私がシーラーズ攻略を指揮したことには変わりが無い。長官を捕虜にすることを提案したのも私だった。
「では宰相フェルディナント・ルディ・ロートリンゲン。シーラーズ攻略は皇帝に命じられてのことですか」
   裁判官の一人が問う。席から立ち上がると、足下がふらついた。必死に踏みとどまって、証言台に手を付く。裁判長がそれに気付いて、かけたままで結構です――と告げる。ロイが横合いから座るよう促したが、それを断って、証言台の前に立った。
「シーラーズ攻略は私が命じ、当時の陸軍部長官ジャン・ヴァロワ大将に命令を下しました」
「……先程のアンドリオティス長官の話では貴方は反戦の意志があったと言っていたが……」
「確かに私は開戦の意志はありませんでした。しかし、開戦が避けられないと解った時、シーラーズ攻略を計画し、指揮したのは私です」
「シーラーズ攻略において共和国軍のアンドリオティス長官を捕虜としたのは、貴方の指揮であったと?」
「はい」
「では……、アンドリオティス長官をその後、収容所から解放したのは何故ですか? 皇帝の命令ですか?」
「いいえ。私個人の意志でアンドリオティス長官を解放しました。彼を解放したのは、帝国の侵略行為がやはり間違ったことだと気付いたからです」

   判事の一人が手を挙げる。スウェーデン王国の大使だった。
「裁判長。私は宰相が外交官の頃から面識があり、彼の思想もよく知っているつもりです。彼は常に反戦を訴え、他国との協調を重んじてきた。彼はおそらく侵略行為を最初から推し進めた訳ではなく、皇帝の命令権によってそれを回避することの出来ない状況に追い込まれたのでしょう」
「私もスウェーデン王国判事の意見に賛成です。それを裏付ける証人が居りますので、証言を許可して頂けますか?」
   レオンはそう言って、裁判長の許可を貰ってから、側に居た部下らしき男に何か囁いた。その男がレオンに近い扉を開ける。

   オスヴァルトが入廷した。オスヴァルトはレオンの側にやって来ると、裁判長に一礼して帝国副宰相オスヴァルト・ブラウナーです、と名乗った。
「宰相閣下は最後まで開戦に反対でした。しかし皇帝の命令権の下では宰相の権限も制限されます。そのため、宰相閣下は開戦に踏み切らざるを得なかった。閣下は被害を最小限に抑え、かつ主戦派の反論を抑えるため、シーラーズを攻略地に選び、また人的被害を考え、将官級の軍人を捕虜とすることを決めました」
   そうなのですか――と裁判長が問い掛ける。
「戦争拡大を避ける意図はありました。しかし、シーラーズ攻略を実行したことは事実です。たとえどのような配慮を行ったとしても、侵略を行使した事実に変わりはありません。私はその罪を認め、刑を受ける所存です」
   裁判長が頷く。オスヴァルトはレオンの隣に座った。裁判長と裁判官がひそひそと語り合う。フェイ次官が手を挙げ、裁判長と声をかけた。
「実はもう一人、証言を行いたいという人物が居ます。宰相がこのたび裁判に出廷すると聞いて、証言を申し出て来た人物です」
   誰だろう――オスヴァルトが証言することも聞かされていなかったが、他にも証言者がいるとなると一体誰なのか。

   裁判長がそれを許可すると、司法省のハイゼンベルク卿が現れた。驚いて彼を見遣ると、ハイゼンベルク卿は裁判長に一礼して言った。
「帝国司法省長官エルンスト・ハイゼンベルクです。宰相とは何度も激論を交わしてきましたが、彼にはひとつの筋がありました。それは今この場で争点になっている反戦への態度です。それを象徴するのが、彼が皇帝陛下から懲役刑を命じられる前に起こした行動でした」
   ハイゼンベルク卿の発言に、裁判官と判事が耳を傾ける。レオンやフェイ次官も彼を凝と見つめていた。
「アンドリオティス長官を帰国させ、御自身もその際に負傷しながらもすぐに宮殿に戻ってらした。そして皇帝陛下の前で、全兵力の撤退と即時終戦を求められた。領土の拡大ではなく、国家繁栄のために終戦を決断するように――と。主戦論に立つ皇帝陛下の前でそのような発言をすれば、御自分の身が危うくなることも覚悟してのことだったと思います。そして、皇帝陛下は宰相の解任、そして既に決まっていた皇太子としての地位の剥奪、そのうえでの処刑を求めました」
   ざわりと廷内がざわめく。ハイゼンベルク卿は一呼吸置いてから裁判長を見つめて言った。
「ジャン・ヴァロワ大将を中心にその場で多くの省の長官、そして皇妃様が減刑を求め、刑務所のなかでも一番過酷なアクィナス刑務所での懲役50年への減刑が認められました。約半年、宰相は同刑務所において刑に服していたことになります。それを加味したうえで、判決を為されますよう、帝国司法省長官として申し上げます」

   その後、いくつかの議論が交わされた。
   皇帝の時と比較しても、激論が飛び交うことは無かった。まるで初めから、私のことを擁護するかのように。
   やがて裁判官と判事達が審議に入る。

「ルディ」
   ロイが座るようそっと促す。支えられながら、証言台から席に腰掛ける。先程から少し咳が出始めていて、ロイはそのことを案じていた。
   30分を過ぎて漸く裁判官と判事が戻ってくる。再び立ち上がって、判決を待つ。
「シーラーズ攻略の計画ならびに指揮に対し、禁錮1年とする。……しかし、彼の反戦への態度、そして皇帝命令権が働いていたことを考慮し、アクィナス刑務所での服役期間をこれに充当させたうえで、公職停止6ヶ月を命じる。なお、公職停止期間は終戦日から数えることとする」

   公職停止6ヶ月だけ――?

   驚いて裁判長を見返すと、裁判長は今後の活動で反戦の態度を見せて下さい――とだけ言った。
   終戦日から数えて6ヶ月間ということは、あと4ヶ月だということで――。
   刑が軽すぎる――。

「裁判長、それでは量刑が軽すぎます……!」
「この場での判決への異議は認めません」
   裁判長が言い放つ。レオンやフェイ次官を見遣ると、彼等は敢えて私と視線を合わせようとしなかった。この場で異議を唱えることは出来ず、また日を改めるしかない。裁判長が閉廷を告げる。ロイにすぐに再審の請求を出してもらおうと振り返った。
   が――、視界が暗転した。ルディ、というロイの声に必死に意識を繋ぎ止めた。
   周囲のざわめきが遠くで聞こえる。駄目だ、こんな場所で倒れては――。
   医務室へ、とロイとレオンの声が聞こえる。そんなことよりも、公職停止だけでは刑が甘すぎる。これでは――。


[2010.6.12]