皇帝は君主制――帝国にあっては帝政こそが、国を纏める重大な柱であることを力説した。帝国のように巨大な国家は、民主制を採用したら審議だけでも時間がかかり、立ちゆかなくなる――と。帝国が世界一の経済力を誇ることが出来たのも、皇帝を柱として国民がそれに従ったからだと言った。
   フェイ次官が挙手をする。裁判長が発言を認めた。
「帝国が世界一の経済力を誇ることは、確かに数値が示しています。しかし一人当たりの国民総生産は決して高くはない。これは一部の国民――具体的に言うなら旧領主層が利益を独占しているためです。また、そうした帝国経済を動かす旧領主層の発言力は政治においても強い。今回の侵略戦争は決して国民の真意に沿ったものではありませんでした。つまりは、国民を無視する形で、圧政が敷かれていたことになる。裁判長、皇帝アルブレヒトの発言が全て国民を代表するものではないことを、お踏まえ下さい」
   皇帝は国民の代表者ではない――と、フェイ次官は言い切った。裁判長はそれを皇帝に問う。皇帝は応えた。
「皇帝という存在は国民にとって、規範である。一国家の規範を、他国の価値観によって判断されることがあってはならない」
   フェイ次官が再び挙手する。裁判長が発言を認める。
「国内に圧政を敷くことは、国際会議加盟国間では処分対象となります」
「圧政ではない」
   皇帝は即座に言い返す。裁判長は暫く考え込んで、裁判官と顔を見合わせてから言った。
「皇帝は国民の代表者ではないというアジア連邦フェイ軍務次官の発言を結論とする」
   その瞬間、皇帝は裁判長を鋭い眼で見つめた。
   しかし今のフェイ次官の発言で、今回の侵略行為が国民とは切り離されたことになる。そうなると、戦争行為を行った当事者には厳罰が下る確率が高くなるだろう。皇帝も私も――。


   裁判長は新トルコ共和国への侵略行為について、話を進めた。一方、皇帝は侵略を正当化する。裁判長はじめ連合国軍側と皇帝との話が噛み合っていなかった。
   皇帝は侵略を正当化しつつ、民主制を否定する。小国にあって民主制の存在意義はあるが、大国にあって存在異議は無いと断言する。それをフェイ次官が真っ向から否定する。激しい国家論がぶつかり合う。
「裁判長」
   レオンが静かに手を挙げる。この時になって初めてレオンが発言した。帝国皇帝に問う――とレオンは皇帝に向き直って言った。
「侵略行為は如何なる理由があれ、国際法に違反する。貴方はそれも踏まえたうえで侵略を命じたのか」
「君主制を否定する国際情勢のなかでは、帝国の利益を守るためにそれしか方法が無かった」
「侵略行為を止めるよう進言した臣下も居た筈。貴方はそうした人々の意見に耳を貸さなかった。そのうえ、侵略を助長する臣を重用し、その結果ミサイルを発射させた」
   裁判長、と今度は裁判長に語り掛ける。
「ミサイル攻撃を受けた我が国領土であるエスファハーンは焦土と化し、今はまだ植物の実りの無い大地となっています。そのようなミサイル攻撃を、帝国はエスファハーンだけでなく、首都アンカラにも発射しようとした。このことに関しては証言出来る者も居ます。以上により皇帝の残虐性は明らかであるとお踏まえ下さい」
「残虐性だと? 密かに三ヶ国同盟を結び、領土奪還を企んだ国に言われたくない」
「皇帝アルブレヒト、発言を控えなさい」
   裁判長は皇帝に注意してから、レオンに証言者に発言させるよう促した。
   其処で現れたのは帝国軍の軍服を纏った一人の男だった。彼はトニトゥルス隊に所属する少佐と名乗った。

「私はジャン・ヴァロワ大将閣下の命令で、帝国内のミサイル発射台を探していました。ジャン・ヴァロワ大将閣下は絶対に2発目を発射させてはならない――と、強く命令なさいました。捜索した結果、フォン・シェリング前陸軍軍務長官所有の宇宙開発会社に、ミサイル発射台がありました。それには実弾が積み込まれており、照準が共和国首都アンカラに設定されていました」
   裁判長は裁判官と言葉を交わし合う。この場所からは何を話しているのか、全く解らなかった。
「帝国軍の内情については、後のジャン・ヴァロワ大将の裁判で詳しく聞きますが、軍は皇帝に味方する者とそうでない者の二つに分かれていたということですか」
   裁判長の言葉にトニトゥルス隊の少佐ははいと応えた。
「戦争続行を唱える、いわゆる主戦派のフォン・シェリング前陸軍長官を中心とする派と、戦争行為の即時停止を求めるジャン・ヴァロワ大将の派と大きく二つに分かれていました。ジャン・ヴァロワ大将が陸軍長官の任務にあった頃は、反戦を説く宰相閣下の発言力もあり、領土拡大を求めるフォン・シェリング前陸軍長官の力を抑えることが出来ましたが、ある事件がきっかけで宰相閣下は解任のうえ投獄され、ジャン・ヴァロワ大将も長官を解任されました。帝国が本格的な侵略行為に入ったのは、その頃からです」
   レオンが挙手をし、少佐の言う事件についての概要は、この後の宰相の裁判で説明します――と告げた。

   皇帝の裁判の焦点は国際法違反とミサイル発射という行為への残虐性、国民への圧政に絞られた。皇帝は発言のなかで、これは無意味な裁判だ――と繰り返した。最後に皇妃が、皇帝は私利私欲ではなく帝国のためを思っていたということを陳情し、皇帝側の弁論は終わった。
「では裁判官ならびに判事が判決の審議に入ります」
   裁判官とレオンやフェイ次官を含む判事達が別室に移動する。異例なことではあったが、判決は今日この場で言い渡されることになっていた。

   ロイはその場に残っていた。書類に眼を通していた。
   その側には皇帝が居た。皇帝は弁護士と話していた。


   30分ぐらいそうして待った。
   扉が開いて裁判官と判事が席に戻る。全員が着席したのを見届けてから、裁判長は書類に視線を落とした。
「皇帝アルブレヒトに禁錮3年、権力剥奪、財産没収を言い渡す」
   裁判長はその理由を話し始める。禁錮刑だと――と、皇帝が裁判長の言葉を遮って言い返す。弁護士がそれを宥めた。
   そして、裁判は閉廷した。


[2010.6.12]