屋敷の外にはマスコミが押しかけていた。
   この裁判に国民の関心が寄せられていることは解っていたが、こんなにもマスコミが押し寄せているとは予想していなかった。
   フリッツがマスコミに対して、道を開けるよう告げ、ロイは私の車椅子を押してすぐにケスラーの車に乗り込む。カメラのフラッシュが何度も瞬いた。ケスラーは私とロイが乗り込んだのを見届けるや否や、すぐに車を発進させる。私達の車をマスコミの車が追って来る。
「関心が高いのは悪いことではないが、屋敷の中までは侵入しないでもらいたいものだな」
   ロイが背後を見遣り、呆れながら言った。
「皇妃のことは知られなかったか?」
「ああ。早朝、裏口から宮殿に向かってもらった。気付かれた様子は無いよ」
「そうか。それなら良かった」
「皇妃は皇帝の減刑を求めるつもりなのだろうが……。フェイやアンドリオティス長官によると、権力停止と財産の没収のうえでの禁固刑というのが有力だ」
「禁固刑は何年ぐらいだと言っていた?」
「2年ないしは3年といったところではないかと。禁固刑の後は国際会議の監視下に置かれるだろうし……。正直、刑としては軽いぐらいだ」
「そうか……。では私やヴァロワ卿のことは何と言っていた?」
   ロイはちらりと私を見て、それから窓の外を見遣る。やはり、私のことも何らかの話題に上ったのだろう。
「言わない。自分の耳で聞くことだ」
「……冷たいな、ロイ」
「俺はもともと反対だったんだ。お前が出廷することは。アンドリオティス長官やフェイにしてもそうだろう。お前やヴァロワ卿の尽力あって、此処まで辿り着けたのに……」
   ロイは不機嫌そうに言った。


   そうこうするうちに車は宮殿に入る。マスコミは入口で閉め出され、ケスラーは中庭の入口に近いところに車を停めた。
「ケスラー。終わったら電話をするから駐車場で待機しておいてくれ。それからマスコミから質問を受けたらマニュアル通りに」
「了解しました。マニュアルは確り頭に叩き込んでありますよ」
   ロイの言葉にケスラーは笑いながら応える。マニュアルとは何だ――と問うと、緊急に作ったんだ、とロイはにやりと笑う。
「マスコミに質問されてもどう応えて良いか解らないと、ケスラーやミクラス夫人が言うから。即席で作ったにしてはなかなかの出来だぞ」
   呆れると、ロイが手を差し伸べた。ケスラーが車椅子を下ろしてくれたらしい。ロイの手に捕まりながら、ゆっくりと車椅子に腰を下ろす。情けないことに、今日はまったく足に力が入らなかった。

「ロートリンゲン大将閣下」
   背の高いアジア連邦の軍人が近付いて来て、敬礼する。ロイも敬礼を返し、兄のフェルディナント・ルディ・ロートリンゲンです、と彼に私を紹介した。
「初めまして、宰相閣下。私はアジア連邦陸軍部戦略室所属ワン・シャオウェ大佐であります」
   戦略室所属ということは、フェイ次官直属の部隊だということだろう。挨拶を返すと、彼は言った。
「宰相閣下を御案内するようにと命令を受けて参りました」
「解った。ルディ、行こう」



   宮殿二階の奥にある一室の前で、立ち止まる。此処まで案内してくれたワン大佐は私にその部屋での待機を求めた。
   用意された一室には連合国軍側の軍人が五名控えていた。私達を見るなり敬礼して、座を勧める。
「裁判が終わるまで、フェイやアンドリオティス長官とは面会が禁じられている。あと皇帝やヴァロワ卿ともだ」
「道理で見かけないと思った。ヴァロワ卿はもう此方に来ているのか?」
「もう到着している頃だと思う。共和国側が病院に迎えに行った筈だから……。ああ、裁判が終わったらフェイに紹介するから」
   フェイ次官とは、本当は昨日の皇妃を交えての会談の際に会える予定だったのだが、体調不良で同席出来なかった。フェイ次官も残念がっていたと、ロイは言った。
「ところで……、皇帝の裁判から傍聴するのだろう?」
「ああ、勿論」
「皇帝の次にお前の裁判となるが、長時間となるぞ。大丈夫か?」
「心配無い。ヴァロワ卿の裁判の傍聴まで確り聞き届ける」
   ロイは頻りに私の身体の心配をした。

   それから程なくしてロイは時計を見上げる。そろそろだ――と言って、この控え室に居た一人の軍人に部屋に向かう旨を告げる。解りました――と彼が応えてから、ロイは私の車椅子を押して部屋を出た。
「この二階の大広間で裁判が行われる。皇妃は既に待機しているが、皇帝はまだ来ていない筈だ」
「そうか……」
   大広間に進む。ヴァロワ卿も傍聴席に座っていた。その反対側の列の奥にロイは車椅子を進める。

   裁判長も判事も、国際会議の場で見かけたことのある面々だった。彼等は私を見、一様に会釈する。此方も会釈を返した。其処へ、軍服を纏ったレオンが入廷し、裁判長と判事の向かい側の席に座る。そして、レオンの入廷から十分後、連邦の章を胸に付けた若い男が現れた。フェイ次官のようだった。彼はレオンの隣の席に腰を下ろす。
「ルディ。俺はあちらに座らないといけないから……」
「解った」
   ロイは今、連邦に軍籍がある。そのため、連合国軍側の席に座る必要があるのだろう。それに、もしかしたら何らかの証言をするのかもしれない。
   ロイはフェイ次官の隣の席に行き、其処に座った。フェイ次官と何か言葉を交わし合ったようだが、何を話しているのかということまでは解らなかった。


   10時に開廷する予定で、開始まであと5分となった時、最後の判事が入って来た。裁判長はあと5分で開廷することを告げる。紙を捲る音と僅かな物音だけが廷内に響く。前方にはテレビ用のカメラが何台も設置されていた。
   開廷の3分前、一同の視線が入口に注がれた。
   皇帝が到着したようだった。皇帝は静かに、威風堂々たる様子で進んでいく。席に着く前、私の姿に気付いて、ちらと見遣ったのが解った。

   裁判長が開廷を告げる。
   皇帝は裁判長の前に立ち、凝と裁判長を見つめていた。裁判長が隣の裁判官の一人に、これまでの経緯を報告させる。共和国領のシーラーズ攻略からの一連の概略を、裁判官が資料を見ながら語る。
   裁判官が語り終わると、裁判長が皇帝に事実認否を問い掛けた。皇帝の発言に全員が注目する。
「帝国が侵略を行ったことは事実。しかし、それはこの世界がひとつの方向に傾きつつあることに対し、懸念を抱いたためのこと。また、宰相のフェルディナント・ルディ・ロートリンゲンが皇位を継承するにあたり、帝国の威信を示さんがために行ったことであることを言い添えておく」

   皇帝の言葉は私が想定していたものだった。だから驚きはしなかったが、落胆した。私がこれまで皇帝に進言してきたことは何だったのか――、全て無意味だったのか――そう思わずにいられなかった。


[2010.6.11]