約束の時間にレオンが屋敷にやって来た。ダイニングルームにレオンを案内して、私の向かい側にレオンが、私の隣にロイが座る。そして話題はすぐに皇妃の話へと移った。
「副宰相とフェイ次官を交えて打ち合わせてきたが、皇妃が皇帝の弁護に立つことに問題は無いとの結論に達した。だが、どのような証言をするのか、事前に聞いておきたいという意見が一致したんだ。その席にルディも立ち合ってほしいのだが……」
「解った。先程、ロイとも話をしたのだが、皇妃様を宮殿に入れる訳にはいかないだろう。皇妃様には此方に滞在いただこうかと考えているが、其方はどう考えている?」
「皇妃をロートリンゲン家に……?」
   レオンは驚いて聞き返した。頷き返すと、その点についてはフェイ次官とも頭を悩ませていたことだとレオンは言った。
「宮殿に皇妃が戻るということは、誤解を生みかねないからな。それは避けようと話していたのだが、かといって適当な場所が見つからなくて困っていたところだ。確かにロートリンゲン家なら安心だが……」
「皇帝の弟であるフォン・ルクセンブルク家もなかなか難しいだろう。此処ならば宮殿へも近い。ロイも了承してくれた」
「軍務省との話し合いを経てからになりますが、トニトゥルス隊から数名の隊員を借り受けたいと考えています」
   私の言葉に付け加えるように、ロイが言い添える。レオンはロイを見て言った。
「数名? 必要であれば此方からも要請を出すが……」
「レオン。数名というのは訳あってのことだ。皇妃様が出廷なさることは直前まで公表しないでもらいたい。実は……」


   私にはひとつの考えがあった。
   皇妃から連絡が入った際、あまりに突然のことに驚いて、皇女マリのことを話しそびれてしまった。
   皇妃も皇女マリのことを気に掛けているだろう。だから、皇女マリの遺体をロートリンゲン家の墓所に葬ったことを皇妃に報せ、そして墓前に引き合わせたいと考えていた。
   ロイもそれに賛同してくれた。そのためには、皇妃には極秘に帝国に入国してもらい、ロートリンゲン家で匿った方が良い。
「成程……。そういうことか」
「勝手な都合ばかりで申し訳無いが……」
「いや。事情が事情だ。それに皇妃の入国についてはフェイ次官とも話していたところだ。ルディの言う通り、極秘に入国した方が良いだろう。此方で手筈は整えておくよ」
「ありがとう」
   話と共に食事を進めながら、語り合う。レオンは相変わらず忙しい日々を送っているようだった。

「ところで、ルディ。……これは俺の希望でもあるんだが」
「復職なら断る」
「……そうすぐに断るなよ……」
「何度も言った筈だ。私は皇帝に仕えていた身。その皇帝が捕らえられたというのに、私が復職するのはおかしな話だ」
「政府内では君の復職を望む声が大きい。ロートリンゲン大将やヴァロワ大将にしても同じだ」
「私も兄と同じ考えです。フェイ次官が辞職を受理してくれるのを待っているだけ――。旧領主家は政府から身を退くべきでしょう」
   きっぱりと応えるロイに、レオンもそれ以上は何も言えなかったようだった。





   そして、裁判の日が近付いていった。
   裁判の前々日、皇妃が二人の侍女と共にロートリンゲン家にやって来た。誰にも気付かれぬよう、細心の注意を払い、滞在中の邸内にはトニトゥルス隊の隊員三名に、一室に控えてもらった。
   ロイも皇妃が帰るまでの間は、本部に行かず、邸内に控えることになった。皇妃はハインリヒの姿を見るなり、悲しそうな顔を見せ、ごめんなさい――と泣き崩れた。
   私の知る皇妃はいつも凛としていた女性だった。皇帝に寄り添い、皇帝から意見を求められればはっきりと自分の意見を述べる――そんな女性だった。
   それが今や、酷く老け込んでやつれて見えた。

「フェルディナント、今回のことでは配慮をありがとう」
   皇妃に暫く休んでもらい、ハインリヒには同席を遠慮してもらって、応接室に二人きりで向かい合った。
   皇妃は落ち着きを取り戻した様子で私を見てそう言った。
「いいえ。此方こそご不便をおかけしました。長い移動だったでしょう」
「貴方がたの苦労を思えば、それには到底及びません。こんなに痩せてしまって……。アクィナス刑務所での日々は辛かったでしょう」
「刑務所で得たことも沢山あります。どうか、皇妃様はお心をお痛めにならないよう」
「気遣いありがとう。……ハインリヒには後でゆっくりお話させて下さい」
   今の皇妃に皇女のことを報せるのは酷なことだろう。だが、先延ばしにしたところで皇妃の心を痛めるだけだ。

「皇妃様、どうか落ち着いてお聞き下さい。行方不明となっていたマリ様の遺体がテルニの山中で発見されました」
   皇妃は言葉も出ない様子で涙を流した。
「発見したのはヴァロワ大将です。遺体は警察に安置していましたが、勝手ながら、私達の意向でロートリンゲン家の墓所に埋葬しました」
「マリは……、きっと最後までハインリヒを追ったのね……」
   ハンカチで涙を拭いながら、皇妃は言った。そして涙を堪えながら、ありがとう――と笑みを――、泣き笑いの表情を浮かべた。
「皇族の墓所よりもロートリンゲン家の墓所の方がマリも喜ぶと思います。ヴァロワ大将にもマリを見つけて下さったこと、お礼をお伝え下さい。出来れば、マリの墓所に花を手向けたいのですが……」
「明日、皇妃様を墓所にお連れします」
   皇妃は再び涙を拭った。私は子供に恵まれていないのね――と涙ながらに呟く。
「皇妃様……」
「フェルディナント、お父様から陛下のことについて何か聞いたことはあるかしら?」
   涙を収めてから、皇妃は不意にそんなことを尋ねた。どういうことだろう――と質問の意味を探っていると、皇妃は言った。
「貴方のお父様……、ロートリンゲン元帥と陛下は同い年でしょう。それで元帥が士官学校に入るまではよく二人で遊んでいたらしいの」
「……陛下と父がですか……?」
   初めて聞く話だった。確かに皇帝と父は同年だった。だが、父からそのような話を聞いたことは無かった。
「ええ。とても仲が宜しかったのですって。宮殿の中庭でよく二人で遊んだと陛下が話してくれたわ。けれど元帥は士官学校に行き、その後は宮殿を訪れることも無くなった……。次に再会したのは元帥が軍人となってからのこと」
   皇妃は何故こんな話を始めたのだろう――。
   話の先が見えてこなくて、ただ皇妃の話に耳を傾けた。

「陛下にとって元帥は数少ない――いいえ、たった一人の友人だったのでしょう。陛下は元帥に御自身の護衛を頼もうとしたこともあったようだけど、それは当時の上層部に阻まれてしまって……。元帥が……、ロートリンゲン家が陛下と親しくなることを良く思わないフォン・シェリング家がそれを画策したようだけど……」
   フォン・シェリング家との確執は父の代から続いているということは、知っていた。フォン・シェリング家の先代当主がその力を伸ばそうとしたために、多くの旧領主家が反発した。
   だが、皇帝と父がそんなにも仲が良かったとは知らなかった。否――、むしろ父は皇帝に嫌われていたのではないかとさえ思っていたのに――。
「陛下は宮殿から殆ど外に出ることは出来ない身、それに対して元帥は自由に各地を渡って見識を広げ、御自身の力で昇級していく……。陛下は兼ねてから元帥に対抗心を持っていたようで、その意識が余計に強くなってしまわれたの。……眼に見えるほどそれが顕著となったのが、フェルディナント、貴方が生まれた時でした」
   私の誕生が皇帝の父に対する対抗心を仰いだ?
   驚いて言葉が出なかった。


[2010.6.8]