「突然に連絡をいれて、ごめんなさいね。フェルディナント」
   電話口で、皇妃はまずそう言った。いいえ――と応えると、皇妃はごめんなさい――と再び謝った。
「陛下が貴方をアクィナス刑務所に収監すると仰った時、私は何も出来ませんでした。辛い目に遭わせてしまいました……」
「いいえ。皇妃様のご助言があったからこそ、こうして生きているのです。そうでなければ、私は処刑される身でした」
「いつもニュースで貴方とヴァロワ大将のことに耳を傾けていました。貴方が救出されたと聞いた時、心から安堵しました。陛下の短慮については、私から謝罪します」
「皇妃様が謝罪なさることではありません。……皇妃様、今はどちらにいらっしゃるのですか?」
「ブリテン王国のスチュアート候の許に身を寄せています。王室も私のような存在を庇っては迷惑がかかりますので……」
   ブリテン王国のスチュアート候――。
   名前は聞いたことがある。きっとブリテン王家が手を回したのだろう。

「フェルディナント、実はお願いがあって電話をしました」
   皇妃は言った。
   皇帝の裁判に出廷したい――と。
   流石に驚いて、すぐに返答が出来なかった。
「陛下も短慮なところはありましたが、決して悪い方ではなかったのです。だからせめて私だけでも陛下のお味方をしたいと……」
「皇妃様……」
「どうか私も出廷出来るように取りはからってもらえませんか?」



   皇妃からの電話はあまりに突然のことで、私も頭のなかの整理が必要だった。しかし、出廷して皇帝の口添えをしたいという皇妃の意向を無下にすることも出来ない。尽力することを約束して、連絡先を聞いてから、受話器を置いた。
   皇妃が出廷したいと言っている――おそらく皇妃は政庁には連絡を入れていないのだろう。私からオスヴァルトに連絡を取り、事の次第を話さなければならない。そしてオスヴァルトに各省の長官に伝えてもらって――。
「フェルディナント様……」
   横合いから、ミクラス夫人が心配そうに声をかけてきた。
「心配するようなことでは無いよ」
「ならば宜しいのですが……」
   ミクラス夫人に頷いてから、もう一度電話を取る。オスヴァルトに連絡をいれて、それからロイに事の次第を話した。ロイはフェイ次官の許に居る。連合国軍側の意向を後で教えてくれるだろう。
   その後でレオンの携帯電話に連絡をいれた。


「執務中に済まない。少し話をしたいのだが……」
「構わないよ。何かあったのか?」
   レオンは快く応対してくれた。皇妃から連絡が入ったこと、出廷を望んでいることを伝えると、レオンは些か驚いたようだった。
「ルディ。済まない。今日、其方に行っても構わないか?」
   話が皇妃のことであるため、レオンは気遣ったのだろう。そうしてくれると私も助かる。この話が何処からか漏れてしまう可能性も否定出来ないから、何処か一室で話をした方が良い。それにもし皇妃が帝都に戻るということになると、警備上の問題も生じる。今、皇族は誰よりも命を狙われている。細心の注意を払わなければならなかった。
「ああ。何時でも構わない。レオンの都合の良い時間を教えてくれ」
「7時……、そうだな、7時30分頃に其方に伺わせてくれ」
「解った。……あ、では今日は一緒に食事をしよう。ロイもちょうどその辺りの時間に帰ってくるから……」



   午後7時になる少し前にロイが帰宅した。
「お帰り。これからレオンが皇妃の話を聞きに此方に来る。一緒に食事をするが、お前も同席してくれるか?」
「解った。では着替えない方が良さそうだな」
   ロイは一度緩めたネクタイを締め直す。上着だけ脱いで、私が座っていたソファの向かい側に腰を下ろした。
「今日、ヴァロワ卿の見舞いに行って来た。足の手術は裁判が終わってからということになるそうだ」
「そうか……。具合は?」
「順調に回復していると言っていた。顔色も良かったし、問題は足だけだろう」
   ミクラス夫人がリビングルームにやって来て、ロイの前に水の入ったグラスを置いた。ロイはそれを飲み干して、一息吐いた。
「……内政がごたついている。いつになったら落ち着くのやら……」
「各省がまだ今後の指針さえ打ち出していないらしいな」
「ああ。各省は酷い状態だ。見るに耐えない。フェイは相変わらずお前や俺に復職を求めてくる。困ったものだ」
「私にその意志は無いと伝えてくれ」
「もう何度も伝えた。フェイは俺の辞職願すら受け取ってくれない。今日、ヴァロワ卿から聞いた話なのだが、ヴァロワ卿も既に辞職願を提出しているらしい。……が、ウールマン大将がそれを受理していなくて、休職扱いになっているそうだ」
   連合国軍側が俺達の行く手を全て阻んでいるようだ――と、ロイは溜息混じりに言った。
「……それに皇妃様も宮殿にではなく、お前と連絡を取っただろう」
「それはおそらく、話の通じやすい相手を選んだだけだろう。私ならば連合国軍側とも多少繋がりがある。要望は受け入れられやすい……と」
   きっとそれだけではあるまい――とロイは言ってから、話を変えた。
「フェイに話は通しておいた。多分、皇妃様の希望通りになるだろう。しかし宮殿に戻るのは少々難しいと言っていたぞ」
   それは当然だろう。皇妃が宮殿に戻るとなると、また皇帝の権力が復活したと受け取られかねない。
「レオンと話してからのことだが……、皇妃様にはこのロートリンゲン家に滞在していただこうかと考えている」
   ロイは大きく眼を見開き、ミクラス夫人はロイのグラスに水を注ぎかけて、その動きを止めた。


[2010.6.5]