第16章 道標ありて



   共和国から再び帝国に戻る。
   通りから見て宮殿の表側は政庁で、各省がそれぞれ部屋を有しており、今はその一角に共和国と連邦の臨時作戦本部が設置されていた。一階のほぼ全てと宮殿前の広場に仮設された部屋に、共和国と連邦の軍や政府関係者が集まっている。
   なかでも臨時作戦総司令部は、一階の一番奥の部屋に向かい合って2部屋設けられており、共和国と連邦とでそれぞれを使用していた。

「アンドリオティス長官。ちょうど良かった」
   共和国から戻ってきて、総司令部に向かっていたところ、フェイ次官が声をかけてきた。
「お話があるのですが、午後5時頃、お時間をいただけますか?」
   これからハッダート大将と今日の予定について打ち合わせをするつもりだったから、ハッダート大将に5時からの予定を尋ねた。するとハッダート大将は少し困った顔で、既に会議が入っています――と告げた。
「では、午後7時ならば如何ですか? 出来ればお話の時間を長く取りたいので、一緒に食事でも摂りながらでも……」
   ハッダート大将は手帳を取り出して、予定を確認する。7時30分なら大丈夫です――と俺とフェイ次官に告げた。
「それではその時間に。お忙しいところ申し訳ありませんが……」
「いいえ。私もフェイ次官にお話したいことがありましたので、ちょうど良かったです」
   話が長くなるということは、おそらくルディやヴァロワ大将の話なのだろう。フェイ次官は一礼して、廊下を歩いて行く。階段に向かったようだから、何処かの省に向かったのだろう。

   部屋に入ると、ハッダート大将が分刻みのスケジュールになっているぞ、と言った。
「三日間、共和国で骨休めしてきた分はきっちり働きますよ。ハッダート大将、マームーン大将と共にお話ししたいことがあるのですが、予定を合わせてもらえますか?」
「マームーン大将は、今日は不在だ。昨日から北方国境警備の視察に向かっていてな。予定では明日の昼に戻って来る。急ぎの用ならば、連絡回線を繋いで会議が出来るようにするが……」
「ではマームーン大将が帰ってからで構いません。……お話ししたいことというのは、まだ水面下で蠢いていることですから外に漏れないようお願いしたいので……」
「解った。では明日の夕方以降の時間を確保しておこう」
   ハッダート大将は再び手帳を取り出して、ペンを走らせる。机の上には書類が溜まっていた。ほんの数日、この場を放れただけで仕事が溜まってしまう。
「では戻って来た早々済まないが、1時半――これから23分後に副宰相との面会が入っている。それまでこの書類に眼を通してくれ」
   ハッダート大将から手渡された書類を読み始める。休暇から一転、一気に現実に引き戻されるのを感じた。





「実は裁判のことなのですが……」
   フェイ次官と訪れたのは、帝都中心部にあるレストランだった。フェイ次官は個室を予約していた。暫くは食事をしながら他愛の無い会話を交わした。そして、前菜を食べ終えてから、フェイ次官は本題に入った。
「宰相やヴァロワ大将の意志は固く、裁判を行わざるを得ません」
「そうでしょうな。ヴァロワ大将とも話を?」
「ええ。昨日、見舞いに行って来ました。傷の具合は大分良いみたいですよ。ベッドから起き上がってらっしゃいましたし、病室内を自力で移動出来るそうですから……」
「それは良かった。右足の手術が来月という話は聞いていましたが」
「ええ。ヴァロワ大将からそのことも伺いました。しかし、元通りに動くことは出来ないそうです。医師からも話を聞きましたが、感覚すら戻らないかもしれない、と……」
「……そうですか……」
「片足に馴れるとヴァロワ大将は仰っていましたが……。そして裁判についての意向を再度確認したら、自分は裁かれる身だと仰る。宰相と同様、意志の固い御方です。其処で少し考えたのですが……」
   フェイ次官は、二人の裁判を皇帝と同日に実施することを提案した。その理由を尋ねると、フェイ次官は言った。
「宰相とヴァロワ大将が裁判に臨むとなると、シーラーズ侵略の罪を必ず問われます。そして、公職停止の判決が下されるでしょう。……しかし、宰相もヴァロワ大将も戦争拡大を望んでいなかったことは、その後の彼等の行動で明らかとなります。そのことを、アンドリオティス長官と私とで強調するのです。それにより、公職停止の期間を短く抑えることが可能となります」
「しかし、短くするといっても侵略戦争に加担したとなると、国際法での基準は最低半年の停止となるのでは……」
「公職停止となる期間を帝国が降伏した期日から数えれば、現時点でも残り三ヶ月となります」
   確かに、三ヶ月なら妥当ではある。それにルディの体調を考えても悪くない日数だ。だが――。
「しかし、そのようなことが可能でしょうか?」
「裁判官に事情を話したところ、不可能なことではないとの回答を得ました。無論、それを可能とするにはアンドリオティス長官はじめ、連合国軍側からの擁護が必要となります。そして帝国側の内情を伝えるうえで、帝国を追放されたロートリンゲン大将の証言も必要となるでしょう。彼には私から説得します」
   フェイ次官の策が上手くいくかどうかは、フェイ次官や私にかかっているということか――。
「そして裁判は全世界に向けて公開します。そうすることで、帝国民ならびに全国家はこれまで秘されていた内情を知ることとなります。皆、宰相やヴァロワ大将に同調するでしょう。そして、たとえ戦時中に要職にあったとしても、そうした裁判を受け処分を受けた後で再び公職に復帰するならば、帝国民も納得します」
   公開裁判か。
   ルディやヴァロワ大将の名誉を挽回するには良い方法ではある。フェイ次官が言ったような策を取れば、物事を上手く運ぶことが出来る。

「アンドリオティス長官には大分御尽力していただくこととなりますが……。裁判官の方には前もって私から話を通しておきますので……」
「解りました。帝国の内政を安定させるためにはそれしか方法が無いでしょう。宰相もヴァロワ大将も意志が強い方。強く説得するよりは、フェイ次官の仰った策の方が彼等も納得するでしょうし……。しかし裁判の後、宰相やヴァロワ大将が復職してくれるかどうか……」
   副宰相も、ルディの復帰を助言してもらえないかと常々私に言う。彼が言っても、ルディは頑なにそれを拒んでいるらしい。俺が言っても、同じことなのだが――。
「その点は、実はあまり心配していないのです。……というのも、国民から強い要望が寄せられれば、宰相達も動かざるを得ないでしょう」

   成程――。
   復職せざるを得ない状況に持っていくということか。ルディやヴァロワ大将を罠に嵌めるようで気が引けるが、この際仕方が無いか――。

「宰相やヴァロワ大将の行動は歴史上の英雄に匹敵しますよ。そんなお二人をこのまま引退させるのは惜しいのです」
   フェイ次官との話は三時間に及んだ。国際会議の常備軍設置に関しても語り合ったところ、フェイ次官も趣旨の大筋においては了承しているようだが、自分自身がそれに加わることには疑問を抱いているようだった。私は文官ですから――と苦笑しながら言った。
「尤もヴァロワ大将やロートリンゲン大将については、良い人選だと思いますがね。一国に収めておくには勿体ない人材ですよ。常備軍については今後、話が煮詰まってくるでしょう。最終的には二人には必ず名を連ねておいてもらいたいものです。そしてアンドリオティス長官、貴方も」

   この様子では、次の会談ではもっと話が出来上がってくるだろう。
   何よりもこの時は、裁判のことについて細かく打ち合わせた。皇帝とルディ、ヴァロワ大将の裁判を同日に行い、なるべく早く判決を出すことで、二人の公職停止期間を短くすること、そのためには俺がルディとヴァロワ大将を擁護する証言を行うこと。
   そして全てを白日の下に晒せば、国民はルディやヴァロワ大将に賛同する。これは確かにフェイ次官の言う通りだった。

   ルディにはどうしても復職してもらわなければならなかった。
   この国のためにも――。


[2010.5.27]