ナポリまで車で五時間はかかる。少しでも早く到着出来るように、自分で運転して目的地を目指した。近道をしながら、出来る限り加速する。赤信号で停車している間に本部に連絡をいれ、事情を説明し、部隊を送り込んでもらうことを取り付けた。
「ロイ。既に帝国のトニトゥルス隊が出動の準備をしているようだ」
   フェイから折り返し連絡が入ってそれを告げられた。ヴァロワ卿が連絡を取ったのだろう。
「充分に注意しろ。ワン大佐も其方に向かわせる。それからロイ、宰相は……?」
「……昏睡状態だ」
「……トニトゥルス隊に任せ、お前は屋敷に居た方が良いのではないか……?」
「いや……。大丈夫だ。それにルディはきっと解ってくれる」
   ルディは大丈夫だ――。
   必死に自分自身にそう言い聞かせていた。必ず持ち直す。そして、四日後には手術を受けて回復の道を辿り始めるのだ――と。



「ヴァロワ卿!」
   ヴァロワ卿が告げた港に到着し、その姿を探したところ、五分程でヴァロワ卿の姿を見つけた。呼び掛けると、ヴァロワ卿は此方を見遣って手招きする。
「ちょうど良かった。先程、あの倉庫に皇帝とフォン・シェリング大将が入ったところだ」
   ヴァロワ卿はひとつの倉庫を指差して言う。軍服のままの俺の姿を見て、まだ本部に居たのか――と小声で尋ねた。
「いいえ。屋敷に居ました。……ルディの容態が急変してしまって……」
「容態は落ち着いたのか?」
「……昏睡状態です」
   ヴァロワ卿は驚いて俺を見返し、済まない、と告げた。
「呼び出してしまって済まなかった」
「いいえ。ルディはきっと行けと言うでしょうから」
「ハインリヒ……」
「大丈夫です。ルディは必ず快復します」
   そう告げると、ヴァロワ卿は気遣わしげに俺を見、頷いた。
   不意に倉庫から人影が出て来る。階級章から、大佐であることが解った。万一に備えて拳銃を構える。
   大佐と将官あわせて10人が辺りを警戒しながら、倉庫から出て来る。彼等に身を守られるようにして、皇帝とフォン・シェリング大将の姿も見えた。
「船に逃げ込まれたら厄介だ。その前に抑えるぞ」
「解りました」

   銃撃戦が開始される。行方不明とされてきた将官達が全員、この場に居た。彼等に抵抗を止めるよう告げながら、応戦する。
   フォン・シェリング大将が睨み付けるように此方を見、息子のフォン・シェリング少将が銃口を此方に向ける。その拳銃を弾き飛ばす。ヴァロワ卿は横合いから襲いかかろうとする大佐を組み伏せ、さらに前方から拳銃を構えるクライビッヒ中将の肩を撃った。
「陛下。投降なさって下さい。陛下の御命令によりこのたびの戦争で何万人の兵が命を失いましたか。この国の最高権力者たる自覚がおありならば、その責任を全うなさって下さい」
   ヴァロワ卿の言葉に、フォン・シェリング大将の傍らに佇む皇帝は、此方を一瞥し、裏切り者が、と吐き捨てるように言った。
「裏切り者が二人揃って……。ハインリヒ、お前の纏っている軍服は連合軍のものだ。帝国に居場所を失い、寝返ったか」
「……貴方に裏切り者と呼ばれる筋合いはありません。私もヴァロワ大将も」
「兄弟そろって私に盾突くか。……否、父親もそうだったか。私に盾突き、長官となれなかった愚かな男だ。そのような男の息子と解りながら、眼をかけてやった恩を忘れたか!」
   負傷した将官達がゆっくりと立ち上がって辺りを取り囲む。
「命令だ!武器を捨て、下がれ!さもなければ命の保証はせん」
   ヴァロワ卿が言い放つと、佐官級の三人は動きを止めて武器を捨てる。クライビッヒ中将がお前の上官は私だ――と彼等に言い放つ。
「裏切り者の命令など聞く必要は無い」
   フォン・シェリング大将が前方から言い放つ。
「ヴァロワ大将、皇帝を捕らえるという行為が如何に不敬な行為か解っているか」
「それが不敬な行為に値するというのなら、此処に居る全員を捕らえた後で責任を取る。フォン・シェリング大将、この帝国は300年近く続いた。世界が大きく変わりゆくなか、帝国は皇室ならびに旧領主層の特権を拡張するばかりで、世界の変化を見てこなかった。宰相はずっと皇帝陛下や貴方に変化を求めてきた。そうすれば帝国は存続出来る――そう考えてのことだ。だが、貴方達はそれを踏みにじった」
「帝国には帝国のやり方があると、フェルディナントには常々言っておった。他国の風潮に流されてはならんと。皇室あっての帝国だ。その理念が崩れれば、帝国は崩壊する」
「陛下。情勢を御覧になってください。侵略戦争をはじめたばかりに、このような事態となった。もし宰相が反対を訴えていた時に止めていれば、貴方は今も宮殿で皇帝の座に居た筈です」
「フェルディナントやジャン・ヴァロワ、お前達が弱腰で、戦争に否定的だったから負けたのだ。言うなれば、お前達のせいで帝国はこのような事態となった」
「止めろ……」

   ルディがどんな思いで進言したと思っている――。
   ルディのことだ。悩んだ筈だ。悩んで、そのうえで覚悟を決めて、行動に出た。皇帝に逆らうことは身を切る思いだった筈だ。
   そんなルディの思いを踏みにじるような発言を聞きたくなかった。それも、一度は尊敬していた人物から――。

「ハインリヒ、マリを誑かしたお前も元凶のひとつだ。フェルディナントが反抗的な態度を取り始めたのもちょうどその頃からだ。有能な人間であればこそ後継者として指名したというのに、あれは私に盾突いた。共和国側の思想に汚されて……」
「兄は……、兄は貴方が悪いなどということは一言も言っていない……」
「今後は私を踏み台にしてのし上がっていくだろう。自分の英断が皇帝を退けたのだと言ってな」
「そのようなことを兄は何ひとつ望んでいない……! これから平穏に暮らしたいと……、政治からは離れて静かに暮らすのだと……」
「あのフェルディナントが政庁から去る訳が無い。穏やかなようで野心のある男だ。私に代わり、帝国を統治するつもりだろう」
「……貴方のような人間を、兄も……、マリも……ずっと庇い続けた。……だから……、貴方が過ちを認めてくれれば、許そうと思っていた。あの二人のように……。だが、俺はどうしても許せない……。貴方は最低の人間だ」

   拳銃を構える。狙いを皇帝に定める。
   手が震えた。
   だがこの男のせいで、ルディはアクィナス刑務所に収監され――。
   引き金に力を込める。

   その時、ぐいと手を掴まれた。

「ヴァロワ……卿……」
「殺しては駄目だ。皇帝に罪を認めさせなければ……。フェルディナントは決してそのようなことを望んでいない」
   ルディは望んでいない――。
   ……ヴァロワ卿の言う通りだ。ルディは誰の死も望んでいない。皇帝によってあのような目に遭わされても、恨み言ひとつ言っていないのだから――。
   殺してはならない。
   皇帝自身に罪を認めてもらわなければ――。
   ルディに一言でも謝罪を――。


[2010.5.1]