「ルディ、ただいま!」
ロイの声が聞こえる。眼を閉じて枕に顔を埋めた。ぱたぱたという足音と共に、ルディ、とロイが呼び掛けてくる。
「ルディ、寝てるの?」
応えなかった。寝たふりをした。
「ねえ、ルディ。起きようよ」
ロイの手が頬に触れる。それでも寝たふりをした。
ロイと話をしたくなかった。
「ねえ、ルディ。ルディってば!」
五月蠅い――。
放っておいてほしいのに――。
ゆっくり眼を開けると、ロイはあ、起きた、と無邪気な声を出した。
「あのね、ルディ。これ見て!」
ロイはひょいとファイルを出して、それをぱらぱらと巡る。五枚ぐらい捲って、そのページを僕の前に開く。
「この前、課外授業で描いた絵、先生に褒められたんだよ」
そう、良かったね――きっとロイはそう言ってもらいたいのだろう。
解っているけど、言えない。羨ましくて――。
「これね、色を塗り終えたらコンクールに出すんだって!」
僕だってこんな身体でなければ、学校に行けた。課外授業に参加して絵を描けた。運動をすることも出来た。
「ねえ、ルディ。下に行こうよ」
「……具合が悪いからいい……」
「ちょっとだけでも行こうよ。フリッツ呼んでくるから」
「いいから、ロイも下に行って!」
「ルディ……」
苛々していた。泣きたくなってきた。早く下に行ってほしい。
「……じゃあ、下に行くから……。ルディも具合良くなったら来てね」
ロイは動けない私に自慢しにきただけだ。私は学校にさえ行けないのに――。
口惜しい。
口惜しい――。
「……ふ……っ、ぇ……っ」
悲しくて涙がこみ上げてくる。枕に顔を埋めて涙を拭く。涙が止まらない。
何で僕はこんな身体で生まれてきたんだろう。
どうせもうすぐ死ぬのに。
もうすぐ……、死ぬのに――。
「うっ……、うっ……ふぇ……っ」
何で僕だけ――。
何も悪いことしていないのに――。
「ルディ。少し起きましょう」
母上の声が聞こえる。涙を押し隠す。でも涙が止まらなかった。
「ルディ?」
母上の手が肩に触れる。泣いているところを見られたくないのに――。
「ルディ、どうしたの?」
母上が優しく肩を撫でる。泣いた顔を見られないように、顔を上げなかった。
「ルディ。身体を起こすわよ?」
「いや……っ」
「ルディ?」
嫌だと言ったのに、母上が身体を抱き起こす。暴れることも出来なくて、泣いたままの顔で母上を見る。母上は驚いて、どうしたの――と言った。
僕を抱いて、優しく抱き締めながら。
優しく――。
「何で……っ」
母上はまるで赤ん坊を抱くように僕を抱く。暖かくて――。
悲しくて――。
「何で……っ、僕だけ……っ」
涙が止まらない。何で――。何で僕だけ、こんな目に――。
「ごめんね、ルディ……」
「母……上……?」
「丈夫に産んであげられなくてごめんね……」
違う――。
母上が悪いんじゃない。
母上のせいじゃないのに――。
解っているのに――。
単に僕の我が儘だって解ってる。解っていても――。
「学校……、行きたい……」
無理だと解っていても――。
「ルディ……」
「ロイの……っ……、ように……っ! 僕、ずっと……」
「具合が良くなったら学校に行けるからね。ルディ、それまで……」
「いやだ……っ! すぐ行きたい……っ」
「ルディ……」
私はあの時、母上の胸のなかで声を挙げて泣いた。
母上は必ず良くなるから――と慰め続けた。しかし、慰められると余計に悲しくなって、泣き疲れるまでずっと泣き続けた。