両親に強く背を押される形ではあったが、翌朝、帝都を経ち、ハンブルクへと向かった。ハンブルクに向かう列車のなかで、ユリアに何と言おうか、ずっと考えていた。どうやったら俺の気持を伝えられるか――。
否、下手に言葉を並べ立てるより、俺の正直な気持ちを伝えた方が良い――。
一般女性との結婚など両親が許してくれないだろうと思っていたが、両親ともに許してくれた。そればかりか――、今朝、食事を摂りながら母が言った。
『ユリアさんから承諾を得たら、此方も準備を進めます。コルネリウス家の方ともきちんと話をしないとね。ユリアさんにそうお伝えして』
父も母も俺がクリスティンでなくユリアを選んだことについて、何も苦言を漏らさなかった。もしかしたら、ユリアから話を聞いた時から、いずれそうなると解っていたのかもしれない。
それにしても母の洞察力には感嘆する。あの時の俺の様子で全てが解るとは、流石というか――。
ハンブルクまで電車で半日かかる。夕方に漸く到着して、そのままハンブルク美術館へ行った。其処でユリアの姿を探したが、何処にも見えなかった。
「……閣下!」
後ろから呼び掛けられて振り返ると、ユリアの兄、オスカー・コルネリウスが立っていた。此方に歩み寄って来る。
「コルネリウス卿、ユリアは今、何処に……?」
俺は挨拶すら忘れて、ユリアの居場所を尋ねた。彼は驚いた様子で俺を見つめ、それから肩を竦めて言った。
「コルネリウス卿と呼ぶのはお止め下さい。オスカーで結構です。……閣下はユリアに会いにわざわざハンブルクまで?」
「はい。ずっと……、電話にも出て貰えないのですが、どうしても彼女と会って話をしたいのです」
「……ユリアからフランツという名の帝都に住む男性と付き合っているという話を聞いた時には、まさかロートリンゲン家の御子息だとは思いませんでした。皇帝陛下の生誕祝賀会でお会いして、ユリアから話を聞き、私もとても驚いた次第です。元帥閣下からも奥様からもお優しい言葉を頂きましたが、ユリアの意志は固いようです。私もその方が良いと申しました」
「……私から謝りたいのです。謝った上でもう一度、話をさせて下さい」
「閣下。僭越ながら、閣下にはフォン・シェリング家との縁談も持ち上がってらっしゃるとのこと。ご身分の上でも、フォン・シェリング家のお嬢様と御結婚なさった方が宜しいかと思います」
「フォン・シェリング家のクリスティンとの縁談は疾うに断っております。それでも、あの祝賀会の場でユリアに不快な思いをさせたこと、これまで身分を明らかにしていなかったこと、全て私の不甲斐なさが招いたことです。どうしてもそのことだけはユリアに謝りたい……!」
オスカー・コルネリウスは私を暫く見つめていた。そして、ユリアの兄としてひとつ確認して宜しいですか――と前置いて言った。
「……ユリアとのことはお遊びではなかったと……、ユリアを愛人ではなく、妻として迎え入れるおつもりで付き合っていたと受け取って良いのですね?」
私と両親はそれを一番心配していました――と、オスカー・コルネリウスは真剣な表情で言った。
そのような誤解を受けていたとは気付かなかった。
だが、そう受け取られても仕方の無いことを、私はしでかした。
「ユリアをロートリンゲン家に迎え入れたい。だから、こうして説得に来ました」
すると、オスカー・コルネリウスは表情を緩め、御無礼を失礼しました、と告げ頭を下げる。それから顔を上げて言った。
「閣下の御言葉を聞いて安心しました。ユリアは今、自宅に居ます」
「自宅に……。そうですか」
「フォン・シェリング家から再三に亘り、閣下と別れるよう此方に電話が来たため、ユリアは仕事を休んでいるのです」
「……すみません……」
そのような事態になっているとは思わなかった。もっと早く此処に来れば良かった……!
「自宅は此処から少し距離があります。車を呼びますので、少々お待ち下さい」
「いいえ。歩いて行きます」
「30分程かかりますよ?」
大丈夫だと告げると、彼は地図を書いた紙を手渡してくれた。
ハンブルク美術館から自宅に行くまで、オスカー・コルネリウスの言っていた通り、30分かかった。確か、ユリアも毎日歩いて通っていると言っていた。道端に季節折々の花が咲くのだと話していた。
今は冬だったから、花の姿は見えず、影にはうっすらと雪が積もっている。
コルネリウス家は住宅街の一角にあった。地図をもう一度確認してから、呼び鈴を鳴らそうとしたところ、庭先から声が聞こえて来た。ディモ、あまり跳ねては駄目よ――と。この声はユリアの声だ。ワン、という犬の鳴き声も聞こえる。
真っ白い大きな犬が此方に向かって駆けてくる。ディモ、とユリアの声がまた聞こえた。そして、ユリアの姿が見えてくる。
ユリアは俺を見て、立ち尽くした。