「え、本部に戻られるんですか?」
   週末に空いた時間はあるか――と、ザカ中将から連絡があった。日曜日が空いている旨を伝えると、ザカ中将はその日に帝都まで足を運んでくれると言ってくれた。その時は、帝都で用があるからついでに、ということだった。
   会って話を聞いたところ、ザカ中将は7月1日をもって本部に異動となることを告げた。そのため、昨日から家族三人で帝都に来て家を探していたのだという。
「本部軍務局に配属となる。まだ内定の段階だから、周囲には黙っていてくれ」
「解りました。軍務局ですか……。では今後一緒に仕事をする機会が……」
「ああ。増えるだろう。少将ともな」
「そうですね。ハインリヒも軍務局所属だから……。それにしても驚きました」
   ザカ中将は微笑して、実は、と話を切り出した。
「本部転属の話はこれまでにも何度かあったんだが、そのたびに断っていた。ヴェネツィア支部長も楽ではないが、ヴェネツィアの風土が好きでね。子供を育てるにも長閑なあの町が良かったのだが……。このたびはアントン中将に説得されてね」
「アントン中将が……?」
「少し前に休暇を利用してナポリに遊びに行ったんだ。其処で偶然、アントン中将と出会って……。ヴェネツィア支部長を務めていると話したら、何故本部から離れたのかと怒られたよ」
「しかしそれは……」
「ああ。昇級とあわせて本部から支部に移ったことも話したら、余計に怒られた。何故、昇級を焦らず支部に移った――とな。子供が生まれて本部から少し距離を置きたかったという私の魂胆もすぐにばれてしまった」
「……アントン中将御自身も自分から支部に移られたのに……」
「こんな時世に移るとは何事だ――と。次に本部から話が来たときは必ず受けろと言われた。……まあ、それはひとつのきっかけであって、私自身もヴェネツィア支部長が務めづらくなったというのもあるが……」
「やはり……、フォン・シェリング大将の力が?」
「ああ。あの御仁は厄介だ。いずれ私はヴェネツィア支部から遠ざけられていただろう。……尤もフォン・シェリング大将にしてみれば、私が本部に戻るのも避けたいところだろうが」
「ザカ中将は私と違って、フォン・シェリング大将に毛嫌いされている訳ではないでしょう」
「私が本部に戻るとなると、ロートリンゲン家の力が強まってくる――フォン・シェリング大将はそう考えているのだろう」
「……まさか。ハインリヒはまだ少将ではないですか」
「優秀な少将だな。既に功績は多い。最短で昇進して、来年には間違いなく私達と同じ中将となる。その少将にジャン・ヴァロワ中将が近付いている。変わり者のジャン・ヴァロワ中将と仲の良いのは私――。おまけに少将とも何度か顔を合わせているとなると、フォン・シェリング大将は気が気ではあるまい。これまでは元帥閣下の息のかかったお前を、孤立させておけば良かっただけだからな」
「まさか……」
「お前はそうと考えていなくとも、フォン・シェリング大将あたりはそう考える。長男と懇意にしていることもフォン・シェリング大将は知っているだろう。おまけにその長男も優秀の誉が高い。おちおちしてられんさ」
   それを聞いた時、言葉を失った。私は派閥というものを一切考えずにハインリヒやフェルディナントと懇意にしている。だが確かに、ザカ中将の言葉は一理ある。
「フォン・シェリング大将は私をどこか遠くの支部に異動させたいのだろうが……。まあ、そういうこともあって異動を飲むことにした。尤もこうなるとこの異動を誰が持ちかけたのかということになるが……」
   ザカ中将は苦笑する。
   そうだ――。
   フォン・シェリング大将が軍を牛耳っているのに、ザカ中将を本部に転属させようと誰が考えたことか――。

「あ……」
   一人居る。退官したにも関わらず、絶大の発言権を持っている人物が――。
「解ったか? 元帥閣下だ。直接的に閣下が関わったのではないにしても、閣下の力が働いたに違いない」
「元帥閣下も何をお考えなのだか……」
「好機とお考えなのかもしれないな」
「好機……ですか?」
   ザカ中将は頷いた。
「軍を変えるための好機だ。閣下は軍の体質を変えたがっていたからな。二人の息子達が旧領主家にしては珍しい思想を持っているのも、流石は閣下の御子息といったところだろう」
   考えてみれば――。
   確かに、フォン・シェリング大将は、私がハインリヒやフェルディナントと懇意にしていることを苦々しく思っていることだろう。元帥閣下に推薦されて昇進試験を受け、合格した時でも正式な任命書が遅れたということもある。また、必ず出席しなければならない会議の連絡が私だけに伝えられないこともしばしばで、その後に何度も嫌がらせを受けている。

「ジャン。私はあの二人に期待しているんだ」
   ザカ中将は持っていたグラスを置いて、微笑んだ。
「旧領主層でない人間が上層部を変えることは難しい。が、あの二人ならその第一の壁は突破できる。そしてあの二人は、旧領主層かそうでないかということに全く関心が無い」
「そうですね。二人とも嫌味のない人間ですから……。二人がそれぞれ長官になってくれたら、帝国は少しはましな国になるかもしれません」
   ザカ中将は頷いた。だから本部転属の話を受けたというのも一因だ――と言った。
「二人に期待している。そして出来るだけサポートしたいと思っている」





   ザカ中将も私も将来に希望を持っていた。ハインリヒとフェルディナントは帝国にとって何か新しいことを成し遂げてくれるかもしれないと考えていた。
   そんな二人のために、年長者の私達は少しでもサポートしようと、二人で約束し合った。
   それなのに――。
   その矢先のことなのに――。


   ザカ中将は自分で運転しない。別の支部への移動という、長距離の移動なら尚更のことだ。
   誰かの陰謀だ――。
   咄嗟にそう考えた。そう考えずにいられなかった。


[2010.5.6]
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