「どうしても閣下のことが気にかかってしまって、調べてしまったのです」
フラウ・ルブランに何故入院していると解ったのか尋ねると、彼女はそう言った。
「もしかして体調を崩して入院なさっているのではないかと……。それでこの病院の受付に尋ねたのです。初めは教えて貰えなかったのですが……」
「そうだったのか……。てっきりロートリンゲン家に尋ねたのかと……」
「ご病気でないのなら凝と待っているつもりでした。でも閣下がどちらに行かれるのか仰らないし、それにひと月も家を空けられるとのことでしたので、まさかと思って……。だから直接、この病院に問い合わせて……」
「……しかし、よく病院側も教えてくれたものだ。この病院は守秘義務が厳しいうえに、私の仕事柄、教えて貰えないと思っていたが……」
「あ、それは……、カサル大佐が見かねて私のことを口添えして下さったので」
「カサル大佐が? ではカサル大佐もこの病院に?」
考えてみれば、フラウ・ルブランの護衛を頼んだのだから、彼女の行動をカサル大佐は全て把握している筈だった。彼女は頷いて、同じフロアの待合室にいらっしゃいます――と言った。
「そうか……。後で私から会いに行こう」
「でも……、本当に驚きました。まさか義足になさるなんて……」
フラウ・ルブランは手術は痛くなかったですか――と恐る恐る尋ねる。麻酔で眠っているうちに終わっていたよ――と応えると、それでも怖いです――と軽く身を震わせて言った。
「義足の方が、感覚があるんだ。神経と義足の電子回路を繋いでもらったから……。右足の指先を動かすことも出来る」
もう少し慣れれば、医師の言った通り、以前と同じぐらいの運動が出来るようになるだろう。義足になってから、腰痛に悩まされることも無くなった。手術の跡は鈍い痛みを発することはあるが、それも時間と共に無くなる。
「閣下……。入院中、また此方にお邪魔しても良いですか……?」
フラウ・ルブランは大きな眼で私を見つめる。ああ、勿論――と応えると、その表情に笑みが戻った。
彼女の微笑にほっとする。
暫くして彼女と共に、カサル大佐が待っているという待合室に行った。カサル大佐に事情を説明すると、カサル大佐も突然のことに驚きを隠せない様子だった。教えて下さらないとは水臭いですよ、閣下――と彼は言った。
「済まない。無用な心配をかけたくなかったんだ」
「閣下の人となりから察することは出来ますが……。では閣下、リハビリを頑張って下さい」
彼はそう告げてから敬礼し、彼女と共に病院を後にした。
それからの日々はリハビリの連続だった。歩く距離を徐々に伸ばしていく。そのうちに歩き方も慣れてきて、自然に歩くことが出来るようになった。速度も速くなった。手術から三週間が経つ頃には、自分の足と同じように使うことが出来るようになった。手術の傷の痛みも消え、また銃弾に倒れた時の怪我もすっかり完治した。
入院中、フラウ・ルブランは毎日、見舞いに来てくれた。フェルディナントやハインリヒも暇な時間を見つけては立ち寄ってくれた。
そして入院からひと月後の2月15日、退院の日を迎えた。フラウ・ルブランには今日は私から彼女の家に行くと伝えてあった。楽しみにお待ちしています――と彼女は言っていた。
駐車場に停めておいた車を走らせて、彼女のマンションへと向かう。自動運転ではなく自分の手足で運転するのは、半年ぶりのことだった。
彼女のマンションの近くには、カサル大佐が居た。彼に歩み寄る。カサル大佐は眼を見張って私を見ていた。
「……閣下。驚きました。こんなに確り歩行出来るようになるとは……」
「君にも随分世話になった。私の復職の話は聞いているか?」
「はっ。ウールマン長官から伺いました。軍務局司令官としてお戻りになると。……そして閣下の復職に伴い、小官が准将に昇級することが決まったと、昨日命令が下りたところです」
「それは良かった。先日、ウールマン長官と会った時に君を推薦しておいたんだ。受理されたということだろう」
「ありがとうございます。私に出来うる限りのことは努めますので……」
「今後とも宜しく頼む」
カサル大佐は敬礼をする。それから彼女のマンションに入った。オートロックを解除してもらい、部屋に向かう。
呼び鈴を鳴らすと、彼女はすぐに扉を開けてくれた。いつも通りの笑みで、退院おめでとうございます――と告げる。
「ありがとう。……実は君に話があって来たんだ」
そう告げると、彼女は私を見つめ、私も――と言った。
「私も、お話しなくてはならないことがあるんです。ずっとお話したかったのですが、言えなくて……。私、やっぱり仕事が決まらなくて三月に実家に戻ることになったんです……」
驚いて彼女を見つめると、彼女は思いきった表情で私を見つめて言った。
「私、閣下と離れたくなくて……。けれど再就職先も思うように見つからなくて……。だから……、三月には実家に帰ります。でも閣下、あの、もし宜しければ月に一度、閣下の許にお邪魔して良いですか……?」
私は――。
私はもっと早く決断すべきだったのかもしれない。
私の態度は彼女を苦しめたことだろう。
「フラウ・ルブラン」
いけませんか――と彼女は俯いて問う。
ああいや――。こういう場合の呼び方は――。
「……フィリーネ」
彼女のファーストネームを初めて呼んだ。彼女は驚いて顔を上げる。
「私と結婚してくれないか?」
言った後でもっと上手い言い方があったのではないかと思った。いきなり結婚ではなく、交際というべきだったか――。彼女も呆れているかもしれない。
「閣下……」
彼女は食い入るように私を見つめる。
ああ、そうだ――。
結婚云々よりも大切な言葉を私はまだ伝えていないではないか――。
伝えなくては――。
「君のことを愛している」
その時、フラウ・ルブラン――否、フィリーネは私に抱きついて、はい――と応えた。
そして、3月に入ってから彼女の両親の居るリヨンに行き、彼女と結婚したい旨を告げた。22歳も年が離れているので反対されるのではないかと思っていたが、どうやらアントン中将夫人が前もって私のことを伝えておいてくれたようで、彼女の両親は快く了承してくれた。
翌4月、私は復職した。軍務局に戻り、そのうえで国際会議の常備軍司令官の指名を受けた。
時を同じくして、フェルディナントも宰相に復職し、この国は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
私自身も――。
6月、私とフィリーネは結婚した。お互いの故郷であるリヨンで式を挙げた。フェルディナントやハインリヒも忙しいにも関わらず、式に駆けつけてくれた。
友人や知人に見守られながら、私は新たな一歩を踏み出した。
【End】