「お兄ちゃん!見て、見て!」
   朝になり、テオの声で起こされた。テオは小さな手に飛行機の玩具を持ってやって来た。
「サンタさんがプレゼントしてくれたの!電車じゃなかったけど、格好良い飛行機!ちゃんと飛ぶんだよ!」
   一番欲しいと言っていた電車の玩具でなかったにも関わらず、テオは嬉しそうに飛行機を飛ばしてみせた。プレゼントを用意したのは祖父母に違いない。もしかしたら俺のことを考えて、テオが欲しがっていた電車の玩具ではなく飛行機にしたのかもしれない。きっとそうだ。
「ねえ、お兄ちゃんのプレゼントは何?」
「僕は……」
   何も要らないと言ったのだから、何も無いだろう――そう思いつつもベッド脇の棚に眼を遣った。其処には封筒があった。
「何、これ?」
   テオがそれに気付いて取り上げる。テオからそれを受け取って、中を開けると、鍵が出て来た。
「鍵……?」
「なあに?それ……」
   鍵の形は自転車の鍵のようで――。
   まさか――。
   封筒には小さな紙が入っていた。工房の裏側、必ずその場所に停めること――と書いてあった。
   すぐに着替えて、工房の裏側に行った。
   其処には、俺が欲しいと思っていた自転車があった。大きな車輪の変速付きの自転車が。

「……何で……」
   祖母にも祖父にも言っていない。
   先月、母に話しただけだった。それなのに――。
「お父さんとお母さんがもう注文してあったんだよ。前にお前達の家に荷物を取りにいった時に、ちょうどお店から電話が入ってね。一台予約してあるけれど、いつお持ちしましょうか、って」
「お祖母さん……」
   いつのまにか祖母が側にやってきていて、俺に微笑んで言った。父と母が俺のために、俺の欲しがっていた自転車を用意してくれていた。亡くなったのに――、約束は果たしてくれた。
   そう思うと、自ずと涙が溢れてきた。祖母はそんな俺を優しく抱き寄せて、良かったわね――と言った。
「天国からのプレゼントだと思って大事に乗りなさい。安全には充分に気を付けてね」
「ありがとう……!」
   祖母に抱きついて礼を言う。自転車が置けるように屋根をつけたのはお祖父さんだから、お祖父さんにもお礼を言ってらっしゃい――と祖母は促した。その時、俺は傍と気付いた。
「もしかして……、お祖父さんが昨日の夜、僕の部屋に来たのって……、鍵を……」
   祖母はにっこり笑った。
「今年からは随分無愛想なサンタさんになったことは確かだよ」

   俺はすぐに祖父の許に行き、祖母の時と同じように抱きついて、礼を言った。珈琲が零れるわいと言って眉を顰めた。以前の俺ならば機嫌が悪いのだと思っただろう。しかしこの時の俺は、祖父は本当はとても優しいことを知っていた。





「そうか……。それでクリスマスプレゼントか」
   街中で、ムラト大将とばたりと出会った。ちょうど祖父母へのプレゼントを買い終わったところだった。ムラト大将は俺の手許を見て、実家へのプレゼントかと言って微笑し、これから食事でもどうかと尋ねて来た。
   実家に帰るのは明日と決めていたので、ムラト大将の誘いを快諾し、レストランに入った。
   祖父母へのプレゼントとは殊勝な心がけだと感心するムラト大将に、幼い頃のクリスマスのことを語った。この話をするのは初めてのことで、ムラト大将は熱心に耳を傾けてくれた。
「ええ。入隊して初めて給料を貰った時から、ささやかですが祖父母にプレゼントを。毎年、何を贈って良いものか悩みますけどね」
   給料を初めて貰った年のクリスマス、祖父には靴下を、祖母にはストールをプレゼントした。祖母は素直に喜んでくれたが、祖父は相変わらずの仏頂面で、色が派手すぎる――と言って、その場では喜んでくれなかった。
   しかし祖父は決してその靴下を嫌った訳ではなかった。ある時ふと祖父の足下を見ると、俺が送った靴下を履いていることに気付いた。だから次の年もそのまた次の年もプレゼントを贈った。
「御両親が事故で亡くなったとは聞いていたが……、あの列車事故だったとは知らなかった。レオンとテオは奇跡の生還者ということか」
「両親が守ってくれたおかげです。後で聞いた話ですが、俺とテオの上に覆い被さるように母が、その上を父が守っていたようです。だから俺もテオも掠り傷しか負いませんでした」
「咄嗟に子供達を守ったのだろうな。お前の御両親は……。頭が下がる」
   ムラト大将はそう言って、ワインの入ったグラスを傾けた。

   ムラト大将も嘗て、大事故によって家族を失った。飛行機が突如として発生した気流に巻き込まれてのことだった。
   生存者は20人程で、ムラト大将も重傷を負い、一時は重体に陥った。その後、奇跡的に命を取り留めたものの、ムラト大将はその事故で、最愛の妻と子を失った。
   ムラト大将とは士官学校時代からの先輩後輩の関係で、同じ寮だったということもあって親しく、結婚式にも招かれた。妻子共によく知っていた。此方が羨ましくなるほど、仲の良い家族だった。だから、事故に遭ったと聞いた時には非常に驚いた。それにムラト大将も生死を彷徨う怪我を負っていたから、気が気でならなかった。あれは確か俺が准将だった頃のことだった。
   事故から三日目に意識を取り戻したムラト大将は、自分が娘と席を交替したことを酷く悔やんだ。その飛行機事故では、窓際の席に座っていた乗客全員が死亡した。生存者は真ん中の座席の乗客だけだった。
   ムラト大将は窓際の席だったが、離陸前に娘と席を交換したらしい。窓際の席の方が良く見えると考えてのことだろう。窓の側に娘が、その隣に妻が座り、ムラト大将は通路を挟んだ真ん中の席に座っていた。
   しかし、機体が乱気流に巻き込まれ、窓が割れ、側壁が剥がれた。その時、娘の身体が外に飛んでいった――と、ムラト大将は言っていた。
   そして、機体は爆発した。

『手が届かなかった……。娘も手を伸ばしていたのに、助けてと叫んでいたのに何も出来なかった……』

   ムラト大将の許に見舞いに行った時、ムラト大将は嗚咽を漏らしながら、何も出来なかった――と自分を責めた。心身共に深い傷を負ったムラト大将に、俺はかける言葉が無かった。

   多分、今もムラト大将は自分自身を責め続けている。
「ムラト大将……」
   こんな話を済まない、とムラト大将は肩を竦めてから、笑みを浮かべて言った。
「俺もクリスマスには墓前に花を添えているんだ。娘と妻へのせめてのプレゼントにな」
   ムラト大将も、プレゼントを買いに街に来たということだった。レストランを出たところで、ムラト大将は花屋に入り、小さな籠に入った可愛らしい花をふたつ受け取った。先程作ってもらったんだと言った。
   ムラト大将はふたつの花を手に、自宅へと帰っていった。俺は宿舎に向かった。





「ただいま」
   クリスマス休暇が貰えるといっても軍本部は忙しく、クリスマス当日のこの日と明日しか休みを得ることは出来なかった。
   そして、帰る前に一度本部に立ち寄って、緊急の案件のみ片付けた。あれこれと片付けていると夕方になってしまい、実家へと到着したのは七時になろうかという頃だった。
   祖母はいつも通りお帰りと出迎えてくれ、労いの言葉をかけてくれた。
「テオと入れ替わりの休日だって聞いたけど……」
「うん。ほら、今年からテオも本部に所属になっただろう?本部を空にする訳にはいかないから、同じ日に休みを取ることが出来なくて」
「そうかい。残念だねえ……」
「でも今は毎日顔を合わせているんだし」
   ダイニングには、祖母の手製のケーキと料理が並んでいた。俺を待っていてくれたのだろう。
「祖母さん、これ俺からのクリスマスプレゼント」
   やはり今年も祖母は喜んでくれた。今年は上着にした。明るめの色のカーディガンだった。祖母は喜んで、俺の前で着てみせてくれた。
「祖父さんは工房だよね?」
「陽が暮れるまで飽きもせずにやってるよ。珍しいものを作ってたみたいだけど……」

   工房へと足を運ぶ。いつものカンカンと威勢の良い音は聞こえてこなかった。作業を終えたところなのだろうか。
「祖父さん」
   祖父は此方に背を向けて何やら作業をしていた。歩み寄ると、帰ってきたのか、と此方も振り向かず問い掛ける。
「今日と明日の二日間だけどね。何、作ってるの?」
   祖父が扱うのは大きな包丁や鎌といったものが多い。ところが今、祖父が作業しているものはどうやら随分小さなもののようだった。
「これをつけてみろ」
   祖父はそれまで手にしていたものを俺に差し出した。タイピンのようだった。
「タイピン……?」
「それ以外、何に見える」
   ふん、と相変わらず不機嫌そうに祖父は応えた。確かにタイピンにしか見えないね――と応えながら、自分のネクタイにそのピンをつけてみる。シンプルな装飾が施されたそれは、どんなネクタイにも合いそうなものだった。
   祖父は俺のネクタイを見て、納得したような表情を浮かべた。よく見ると、タイピンの橋に俺のイニシャルが彫ってある。
「これ、俺に……?」
   祖父からのクリスマスプレゼントということだろうか。祖父は気に入らないか、と言った。気に入らない訳がなかった。
「ありがとう。祖父さん」
   俺からもプレゼントがあるんだ――と言って、祖父の前にプレゼントの箱を出す。そして祖父の眼の前で包装を解いて、中の上着を取り出した。その上着を祖父の肩にかける。
「此処も冬は寒いからさ。少しは暖かいだろう?」
「作業に邪魔だな」
「じきに慣れるよ」
   相変わらずの口振りを聞くと嬉しくなる。祖父はぶつぶつ言いながら、また別のタイピンを手に取った。おそらくテオへのプレゼントだろう。
「祖父さん、食事にしよう。祖母さんの手料理、早く食べたいから」
   そう言うと、祖父は作業の手を止めて立ち上がる。祖父と共にダイニングへと行く。祖父は歩きながら上着に袖を通してくれたようだった。
   祖父らしいと思った。

   そうして――、今年のクリスマスもこうして、いつもと同じように暖かな時間が流れていった。


[2009.12.21]