ザカ中将が亡くなった――。
   ザカ中将が――。

   事故死――?

   一時間前に上官から報せが入った。ヴェネツィア支部長のザカ中将が事故で亡くなった――と。
   信じられなかった。ザカ中将が――。


   ザカ中将は数少ない親友だった。
   ひとつ上の先輩で、士官学校での授業をきっかけに意気投合した。士官学校では、年に二度、大規模な戦闘シミュレーションが実施される。学年と成績の上下でその時の階級を決め、グループに分かれてシミュレーションを行う。
   士官学校に入って二年目の春、ザカ中将と同じグループとなった。そのシミュレーションで、ザカ中将は司令官役を務め、私はザカ中将の副官だった。それがザカ中将との出会いだった。

   士官学校は学費が一切かからない。学生は寮に入るという規則があり、其処での食費や征服その他最低限の衣料も支給される。アルバイトは許されておらず、小遣いのみが実家から送られてくるが、私は両親からの送金は期待していなかった。
   当時、父の会社が財政難に陥っており、家計はかなり苦しい状況にあった。大学進学も諦めなければならないと思っていたほどだった。だが、帝国大学ならばさほど学費はかからないことに気付いて、学業の傍ら、アルバイトをしながら生活していくことは出来るだろう――と考え、帝国大学を受験した。
   結果、合格したものの学部が廃止されることになり、入学試験の上位合格者が士官学校上級士官コースへの道が残されることとなった。

   軍人とならなければならないということに、躊躇もあったが、早期退職して好きなことをしよう――と心に決めて、入学手続きを行った。両親も学費がかからないということで安堵したようだった。小遣い程度なら送金してくれる――と両親は言ってくれたが、家計が逼迫している状態では申し訳無くて、奨学金を獲得するから大丈夫だよ――とそれを断った。

   士官学校では、成績優秀者に奨学金が与えられる。尤も学年五番以内でなくては奨学金を得ることが出来ない。しかし、その奨学金は結構な額で、好きな本も存分に買うことが出来る。そのため、授業には真面目に出席して、試験も上位に位置付けた。奨学金を得るためには、特に優秀とされる幼年コースの学生とも肩を並べなければならなかったが、負けたら本も買えなくなる。必死に頑張った。そうして何とか毎年、奨学金を獲得することに成功していた。

   そうしたこともあって、成績だけは常に良かった。そのため、シミュレーションで司令官役を務める上級生――ザカ中将の副官となることが出来た。ザカ中将と同じグループでのシミュレーションは楽しかった。他の上級生が司令官役であった時は、後輩の意見はいつも握りつぶされていた。ザカ中将は全員の意見をまず聞き、その上でどの作戦を遂行するかを判断した。そうしたやり方は非常に共感出来て、またザカ中将はどの作戦でどういう利が出て来るかを説明してくれた。そんな人物だったから、ザカ中将は後輩達から好かれていた。
   そして、ザカ中将の丁寧な説明や指揮により、私達のグループはシミュレーションで勝ち抜いた。この時の勝利ほど、嬉しいものは無かった。


『何を読んでるんだ?』
   シミュレーションが終わり、もう少しで休暇という晴れた日に、校舎の裏手にある広場のベンチに座って本を読んでいたところ、ザカ中将に声をかけられた。士官学校では上下関係が厳しいから、どんな場合でもきちんと挨拶をしなくてはならない。立ち上がって挨拶をしようとすると、ザカ中将はそのままで良いと言って、隣に腰掛けた。
『……帝国語じゃないな。こんな原書も読むのか?』
『あ、はい。訳本は既に読んでしまったので、原書を読みたくなって……』
『すごいな。……もしかして上級士官コースからの唯一の成績優秀者って君か?』
『一人かどうかは知りませんが、奨学金は貰っています』
   成程、とザカ中将は感心したように私を見つめた。ザカ中将とプライベートで会話したのは、それが初めてのことだった。
『この間のシミュレーションも君の提案があって勝利出来たから、どんな人物か興味があったんだ。上級生の副官を務めるということは成績が良いのだろうと思っていたが……。そうか……、成績優秀者だったのか』
『奨学金を得るために頑張っているだけですよ』
『頑張ってもなかなか五番以内に位置付けられるものでもないさ。幼年コースの学生は手強いからな』


   幼年コースは15歳から入校出来るが、その試験はとてつもなく難しい。筆記試験や面接試験のみならず、難易度の高い体力試験もある。上級コースは大学と同じで四年間の教育を受けるが、幼年コースからの出身者は三年間で、一年間を免除される。おまけに入隊当初から大佐だから、既に上級将官への道が用意されているようなものだった。
   したがって、難関の試験を突破した幼年コースの学生達が、奨学金を得られるのは当然のことで、奨学金も元はといえば、彼等のためにあるようなものだった。
   そういう意味では、確かに私は異色の学生だったのかもしれない。

   ザカ中将はその後も何度か俺に声をかけてきた。ザカ中将に誘われて、士官学校の外へ食事に行くこともあった。酒を一緒に飲むこともあった。
   第一印象に違い無く、ザカ中将は良い人物だった。良いことも悪いことも教えてくれた。



   そんなザカ中将が、事故死したとの報せが入った。
   耳を疑った。信じられなかった。隣の支部への移動中の事故? 
   自動運転モードでの走行中は、危険防止装置が働いているから、事故が起こる要因など何も無い。自分で運転するより楽だ――と言って、ザカ中将はいつも自動運転モードにしている。そんな車で一体何の事故が起きるというのか。


   違う――。
   事故ではない。


   ザカ中将は再来月、本部に配属となる予定だった。先月、ザカ中将が帝都にやって来てそのことを教えてくれた。
   悩んだが本部に戻ることにした――とザカ中将は言っていた。
   そうだ、先月――。


[2010.5.6]
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